火曜日の幻想譚 Ⅲ
332.都会の雪
雪というものは、何もかもを覆い隠してくれる。田舎に住んでいた僕はそう思い込んでいた。
罪も、無知も、羞恥も、怠惰も、怒りも、過去も、全て雪の下ならば。そんなふうに思い込んでいたんだ。小さい頃、鈍色の空から舞い落ちる雪。そんなとき、いつだって僕は、その場に寝転がった。自分の何もかもを覆い隠してくれる、そう固く信じていたから。
それから僕は大人になり、都会へと出ていった。何もかもを故郷に置いて、あの雪のことすらも忘れて。そして、少しの楽しいこと、たくさんのつらいこと、いくつかのろくでもないことを覚えた。
だが、すぐに憂鬱がやってくる。覚えてもいない苦み走った痛みが。すぐさま僕を襲う。何かが足りない。ここには何かが足りないんだ。
ふいに空を見上げて手のひらを前に出す。はらはらとこぼれ落ちるひとひらの雪。それは手のひらに落ちて、またたく間に消え失せる。アスファルトにも、車の上にも、家の屋根に落ちた雪すらも、都会の雪はすぐさま溶けてなくなっていく。
こちらの雪は、一瞬、それを覆い隠した後、何もかもをさらけ出してしまうのだ。
むき出しになったそれらに囲まれて、僕だけが、寝転がれずに一人、立ち尽くす。