火曜日の幻想譚 Ⅲ
337.冬の風鈴
ここ半年ほど、ずいぶんと忙しかった。
仕事でもプライベートでもいろいろなことが重なり、われを忘れてそれらと向き合う日々が続いていた。久しぶりに自分の時間が取れた今日、朝早くから起きて雑事に着手する。
隅々にホコリがたまる部屋、出し忘れていたごみ袋、6月で止まっている卓上カレンダー、部屋に干したままの半袖の服……。
それらを片付けている最中、ベランダの軒先にしまい忘れた風鈴を見つけた。思えば夏に風情が出ると思って取り出し、つるしておいたままになっていたものだ。
「……ごめんな」
他のものには何とも思わなかった僕だが、なぜかこの風鈴には心が動いた。自分の季節である夏が過ぎ去っても、ほっとかれた悲しみに打ちひしがれているように見えたので。
でも次の瞬間胸に去来する、もう少しこの軒先につるしておきたいという相反する気持ち。なぜだろうか、季節違いのこのコントラストが奇妙に僕の観念をくすぐった。
「申し訳ないけど、部屋の掃除が終わるまで待ってて」
軒先にぶら下がる彼女〈なぜかはわからないが、僕はその風鈴を女性だと思った〉にそう声をかけ、再び部屋の掃除に戻る。
数時間後。
すっかりきれいになった部屋。そのベランダに続く場所に座り、先ほどいれた紅茶を飲む。
「ああ、うまい」
きれいな部屋で飲むお茶は別格だ。そう思った途端、冬の強い風が勢いよく吹きつけた。
「さ、寒っ」
思わず縮こまる僕。だがそんな僕などいざ知らず、冬の寒空を背景にして件の風鈴はちりんと季節違いの音を奏でた。
「……もうしまわれるからって、頑張って仕事しなくていいんだよ」
そうつぶやいたものの、僕はもう来年の夏までこの風鈴をこのままにしておく気になっていた。なあに、あと半年ほど近所の奇異の目にさらされるのを我慢すればいいだけだ。
風鈴は僕の気持ちを察したかのように、もう一度ちりーんと音を鳴らした。