火曜日の幻想譚 Ⅲ
242.前髪
前髪が決まらない。
昨日の夜、お風呂から上がったときから、なんかいやあな予感はしていた。このまま眠ってしまったら、明日の朝、面倒なことになるという予感が。しかし、疲れと睡魔にあらがうことはできず、倒れ込むように眠りに落ちてしまったのだった。
さっき、目覚ましを止めてハッとした私はあわてて鏡をのぞき込む。案の定、ボサボサだ。手で押さえたり、くしを使ったりして何とかしようとするが、容易にいつもの髪形にはなってくれない。
「どうしよう、どうしよう」
顔も洗わず、朝食も食べず、前髪の修復に没頭する。これは違う、これもおかしい、全然こんなんじゃない。ただでさえ、美人に生まれついていない顔なのに、その上、前髪も決まっていないとなったら、もう女子どころか人間としても扱われないよ。
「どうしよう、どうしよう」
一生懸命まとめてかわいくしようとするが、全然そうはならずに時間だけがたつばかり。そろそろ、家を出なければならない時間になってしまった。
「もう、こんなんじゃ無理」
くしや鏡、その他もろもろを投げつけ、再び布団に横になる。そして、ふてくされながら充電中のスマホを取り出した。
侍だったら、恥ずかしさのあまり切腹しているところだが、たまたま現代を生きる女子だったので命はまだ預かっておいてやる。そんな訳の分からないことを思いながら、あたしはスマホから休みの連絡をした。