火曜日の幻想譚 Ⅲ
241.焼却炉ゲーム
昔、学校で「焼却炉ゲーム」というのが流行していた。
ルールは簡単だ。じゃんけんでも何でもいい、何かで負けたものは、放課後、焼却炉の中に入らなければならないというだけのものだ。一見すると危険に思えるゲームだが、何てことはない。なぜならその頃には、もう焼却炉は使われていなかったのだから。何でも消防法とやらで、焼却炉があっても火をつけることができなかったらしい。
だが、焼却炉に入り込んでいることが先生に見つかれば、大目玉を食うことになる。僕らはどちらかと言うと、火にかけられる恐怖よりも、見つかって先生に怒られるスリルを楽しんでいたのだった。
ある日のこと。
その日、焼却炉に入るのは吉田くんだった。昼休みのドッジボールで真っ先に当たってしまった彼は、放課後、しぶしぶ学校の裏手を歩いていく。やがて焼却炉が見えてくると、彼は驚いて目を見張った。
焼却炉に火がつき、赤々と燃え上がっているのである。
焼却炉に入らなければならないのに、これでは入れない。元来、生真面目な性格の吉田くんは、すっかり進退きわまってしまった。結局、彼はクラスのガキ大将の太田くんにこのことを報告する。太田くんだって、火がついている焼却炉に入れと言うような無慈悲な男ではない。本当に火がついているのか、2人は実際に見に行った。
2人が焼却炉にたどり着いたときには、火はついていなかった。何だ、吉田のやつ、見間違えたのか、太田くんはそう思い、焼却炉に手を触れる。その途端、手のひらに高温が襲いかかった。
「あっつ!」
どうやら、吉田くんの言う通り、本当に焼却炉には火がついていたらしい。その日はガキ大将、太田くんの一存で、焼却炉に入らなくていいことになり、それから程なくして「焼却炉ゲーム」それ自体が過去の遺物になってしまった。
同窓会でこの話が挙がったとき、焼却炉に火をつけたのは誰だったのかという話になった。用務員のおじさんがやったんだという意見や、校長先生説、揚げ句の果てにはオカルト話まで飛び出したが、どれも納得の行く回答には値しなかった。
僕は隅の席で一人、杯をあおりながら考える。あの頃、学校の直ぐそばに住んでいる家族が、一家心中をしたという事件があった。夫妻と子供2人の4人家族だったが、妻が育児疲れでノイローゼになり、夫と上の子を殺した揚げ句、自らは首をくくったという事件だ。しかしその事件、下の子は最後まで見つからなかった。どこかに預けた様子もなく、死体もいまだに見つかっていない。
奥さんは育児ノイローゼだったんだ。真っ先にそのノイローゼの「根源」を始末したかったのではないだろうか。ゆえに、「根源」を何らかの方法で殺害し、焼却炉で焼いて証拠隠滅を図った。しかし罪悪感に苛まれ、夫と上の子を殺害して自らもくびれざるを得なかった。結果、すなわち心中という形になってしまった。実際は、こんなストーリーだったのではないだろうか。
まあ、これが例え真実でも、大昔のできごとだし何より証拠がない。真実は焼却炉と神にしか分からないんだ。僕は、全てを忘れるかのようにお酒を飲み干し、おかわりを頼んだ。