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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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252.September



 彼女は窓を開けた後、卓上カレンダーを1枚投げ捨て、新しく出てきた9月の表示を見てため息をついた。
 9月。まだまだ暑さは残るものの、そろそろ涼しくなってくる時期。芸術、運動、読書、食欲。何かに打ち込むのに最適な季節である秋の入口、9月。

 彼女はこの9月が大嫌いだった。その理由は中学生時代にまでさかのぼる。

 夏休みが明けてすぐ。その日の英語の授業で、1月から12月の各月を英語で何というかという問題が出された。これは夏休み前の授業で既に習っているので、この12個の単語は生徒全員が知っているはずだった。
 当時、中学生だった彼女もここぞとばかりに手を挙げる。教室にぱらぱらと手のひらの花が咲く中、先生はやがて彼女を指名した。

 彼女はすっくと立ち上がり、1月から順に英単語を順番に答えていく。

「January、February、March、April、May、June、July、August……」

(……あれ、9月?)

順調に8月まで答えていたその次だった。なんていうことだ、9月が出てこない、忌まわしきど忘れというやつだ。こんな時に……。彼女は焦りながらも、懸命に9月を思い出そうとする。

(落ち着け、落ち着け、ちゃんと考えれば分かるはず)
このとき、まだ彼女は冷静だった。まず舞い上がってしまった心を落ち着けることに時間を割く。たとえ遠回りになろうとも、心さえ落ち着けば再び頭は回りだすことを理解していた。逆に言えば、そうしなければ、9月を思い出すための頭脳が回りださないことに気付いていたのだ。
 周囲は少しざわざわし始めるが、なんてことはない。答えに詰まることは人間、誰しもあることだ。彼女は周囲のうるささを意に介さず、まず10月を思い出す。そう、October。タコの足は8本だけど、こっちは10月なのだ。これを覚えていたのは大きい。すぐさま11月、12月の単語が脳裏に飛来してくる。November、December。そうなのだ、月の後半はみんな、「ber」が付くのだ。確か9月もそうだったはず。いったい9月は何berだっただろうか。

 彼女はその優秀な頭脳でじりじりと9月を追い詰める。あと少し、もう少し。だが、周囲のざわめきは先ほどよりも大きくなってきている、先生も何か言いたげだ。それらのプレッシャーの中で、彼女はパズルの最後のピースを必死に追い求める。

(あっ!)

 その時、とうとう彼女は叡智にたどり着く。その喜びと勢いに任せて、彼女はその英単語を思い切り口にした。

「September!!」

 一瞬、教室を沈黙が支配する。その直後、誰かがクスリと笑った。それが呼び水となり、教室内は大爆笑に包まれる。

 彼女はうつむいたまま、次のOctoberを言えず、その笑いを受けるしかなかった。

 今になってみれば、何も間違っていない。間違ってはいないのだが、単語を思い出したことについ浮かれてしまい、彼女は忘我の境地に立ってしまった。Septemberという単語はなぜか力を入れて発音しやすい。その二つがきっと、あだになったのだろう。

 今年もそのSeptemberがやってきた。彼女は、苦い顔で9月のカレンダーをじっと、見つめ続けていた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔