火曜日の幻想譚 Ⅲ
255.わんこギョーザ
むしゃくしゃするので、やけ食いをすることにした。
近所にあるチェーンの中華料理屋、そこの扉を開店と同時に潜る。僕が店に入った瞬間から、店員さんたちの顔つきが変わる。そりゃそうだ、僕がこの店を訪れるのはやけ食いをしたいときなのだから。
「いらっしゃいませ」
水とメニューを置く店員さんに、僕は告げる。
「取りあえずギョーザ、5人前で」
ギョーザを焼く香ばしい音が聞こえてくる間、スマホを見て時間をつぶす。だが、気持ちは浮ついていてほとんど画面を見ていない。みんなのつぶやきなんかほとんど頭に残らないのだ。
「お待たせしました。ギョーザ5皿です」
「ギョーザ5人前、追加で」
もう次のギョーザを頼んでしまう。それと同時に小皿にタレを適量、広げる。
「いただきます」
あいさつの後、おもむろに小皿を左手に持ち、右手に持った箸でギョーザを一つ、取る。そのギョーザを小皿にバウンドさせた直後、口へと持っていく。間髪を入れず、次のギョーザを箸で取り、左手の小皿にバウンドして口へ。一皿6個のギョーザなので、これを5×6=30個、ひたすら繰り返す。最初の30個、まだまだ余裕だ、時間もそれほどかからない。ほんの数分で食べ終え、次の5人前を水で唇を湿らせながら待ち構える。
「お待たせしました。ギョーザ5皿です」
「さらに5皿、追加で」
ようやく次の5人前が到着する。再び左手に小皿、右手に箸の体勢を取り、ギョーザを一つずつ小皿へと経由して口に入れる時間が始まる。まだまだ余裕はある。だが、最初の30個よりは時間がかかることは否めない。
「お待たせしました。ギョーザ5皿です」
残り1皿━━半分をちょっと過ぎたところで次のギョーザが焼き上がる。店員さんも心得たもので、僕の邪魔をしないように手早く開いた皿を片付け、ちょうどいい位置に新しいギョーザを置いてくれる。
「…………」
「まだ、行けそうですか?」
「はい。もう2皿お願いします」
店員さんのありがたい問いかけにこたえ、新しい皿に手を付けたものの、そろそろ、僕は苦しくなってきていた。おなかははちきれそうだし、両の手が震えだす。小皿に広がったタレが波打ち、箸の先端も微妙に振動してしまう。
「こういうときは……」
僕は一時手を休め、お酢を手に取る。そしてこれも小皿に広げ、再び食べる作業を再開した。満腹感を、お酢のさわやかな酸味が上手にかき消してくれて、無事に息を吹き返す。
「ギョーザ、2人前、お持ちしました」
まだまだ前のギョーザが残っているところで、最後の2人前━━これで計102個、が焼き上がる。ここが精神的に一番きつい時間だ。だが、1個ずつ口に入れていけば、必ず数は減っていく。僕はそれを頼りに、箸でギョーザを取り、左手の小皿にバウンドさせ、口に運ぶ作業を繰り返していく。
さあ、残り2皿というとこまで来た。ここで切り札のラー油を投入する。このからさで、僕の最後の最後に残された食欲を引きずり出すんだ。
4、3、2……。皿に並べられたギョーザは数えられるほど少なくなっていく。僕は最後のギョーザを箸でつかみ、タレを付けてどうにか口の中に放り込む。
「ごちそうさまでしたー」
動けない。しばらく何もしたくない。家に帰るのすら面倒だ。でもたまっていたむしゃくしゃは、すっかりどこかに吹き飛んでいた。
これがたまらないんだよなあ、ああ、またどっかでむしゃくしゃすることが起きないかなあ。