火曜日の幻想譚 Ⅲ
257.裸の女王様
仕事を辞めざるを得なくなった。
率直に言ってしまえば、全然もうからない。稼げないのだ。もう廃業するより他はない。それなら、さっさと足を洗うほうが吉だ。明日で最後にしよう。明日、機材などを全部片付けて辞めてしまおう。家に帰ってシャワーを浴び、やけ酒を浴びながらそんなことを考えていた。
翌日、仕事場に出てがく然とする。蜂の巣箱が空っぽなのだ。養蜂家の僕は、当然今日、仕事道具の一つであるミツバチも全員、逃がすつもりでいたのだが、先手を打って逃げられてしまっていたんだ。
「…………」
どうせ逃がすのだから手間が省けた。そういう考えもできるのだが、このときの僕は、それよりもショックを受けていた。自分よりも一日早く、仕事道具だと思っていた彼女らに逃げられてしまっていたのだ。自分がそれほどまで彼女らを酷使していたこと、そんなにも彼女らにストレスを与えてしまっていたことが、仕事を辞める決意をしたことで失った自信をさらに加速させる。
「ハチにも逃げられるようじゃ、これから先、仕事していけるのかな」
自嘲しながら巣箱を破壊する。中には、すべてを失い「裸」になった女王蜂。
彼女と自分の姿がピッタリと重なる。
「はちみつが取れない養蜂家と、ミツバチのいない女王蜂。お互い、哀れなもんだな」
すべてを失った僕たちは、寒空の下、いつまでも見つめ合うしかなかった。