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短編集92(過去作品)

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 やめてしまったわけではないので、また来るのが分かればそれで安心である。いないと気になっていたのがまるでウソのよう、今まで感じていた店内が思ったより狭かったように思えるから不思議だ。
 涼子はそれから数回ミモザに足を運んでいる間に戻ってきていた。試験が終わったのだろう。よく見ると中西の知っている涼子とはまるで別人のように思えるのはなぜだろう?
 二人にとって会えなかった約一ヶ月のブランク、それはお互いの気持ちに変化をもたらすものなのか、それが心配だった。
 涼子のことはさて置いて、中西自身、涼子と一緒でない時間に慣れてきていた。一緒にいなくても、気持ちが繋がっているように思えたからで、それが余裕というものなのだろう。
 忘れっぽい性格の中西は、こと好きな女性のことを忘れるなど考えられなかったが、今の心境は少し違う。好きな人と一緒にいることは当然で、一緒にいることのできない時間をやきもきしている気持ちになることが人を好きになることだと思っていた。やきもきするのは嫌なのだが、それが人を好きになった証である。幸福を得るための代償のようなものだと思っていた。
 だが、一緒にいないことで、自分の時間を有意義に使えることを知った。心の隅に置いておくだけで、幸せな気持ちになれるのだ。あまり相手のことを思いすぎると相手に無言のプレッシャーに繋がることを、大学時代に付き合った女性の一人から教えられたのだ。
――やきもきするなど、自分らしくない――
 恋愛というものに覚めてきたのだろうか?
 女性との適当な距離が心地よいこともある。いつもベッタリだと、お互いに自分の時間を持つことができず、視界が狭くなってしまうことも分かってきた。それを教えてくれたのは涼子だったのだ。
 なかなか会えないと今までならやきもきしていたに違いない。今から思えば、
――女々しいな――
 と思うくらいで、女性っぽいところがあると思っていた頃を思い出した。
 それにしても急な変化だった。これも物忘れの激しさを誘発するものであって、特に最近忘れっぽさが目に付いてくる。
 仕事でも災いすることが多くなった。真剣に悩んだりもしたが、一つのことに集中すると他のことが見えなくなる性格が露呈してしまっている。それが忘れっぽい性格の要因なのかも知れない。
 涼子の場合はどうだろう? 涼子を見ていると、集中して他が目に入らないというよりも、いつも焦って事に当たるので、焦りが記憶力の低下を招いているように思えてならない。活発な雰囲気そのままに、せわしい性格であることは見ていて分かる。おっちょこちょいなのだろう。そこが可愛いところでもある。最初に惹かれたのは無邪気なあどけなさだったが、見方によってはおっちょこちょいに違いない。
 そのくせ、人のことになれば未来が分かるという。特殊な能力なのだろうが、それをおっちょこちょいに見える涼子が持っているというアンバランスが中西を惹きつける魅力になっているのだ。
 試験が終わって戻ってきた涼子の雰囲気の違いは、落ち着きが見えてきたことに他ならない。
 店の中ではせわしなく動き回っているが、動きに無駄がない。以前に感じることのできなかったテキパキとした動きを見せている。
 涼子と知り合う前だったら、どうだろう?
 涼子を最初に見て、
――彼女は他の女性とは違う魅力を持っている――
 と感じたが、それは中西自身にしか分からない魅力だと思っていた。だからこそ気になる女性として次第に気持ちの中で大きくなっていったのだが、テキパキと動く涼子を見ていると、中西にしか分からない魅力の影もないように見えてくるから不思議だった。
――他の女性とは違うんだ――
 と中西が思っていると同時に、涼子も中西のことを、他の男性とは違うと感じているに違いないことを信じて疑わない。
――不思議な能力が消えてしまっているかも知れない――
 と感じたのも無理のないことだった。
 そのためか、なかなかすぐには涼子に話しかけられなかった。じっと話しかけるきっかけができるまで待っていたのだ。話しかけるきっかけは自分から作るものではない。自然とできるのだ。
 涼子と二人きりで話す機会ができたが、
「私、今まで分かっていた他人の未来が分からなくなってきたの」
 というではないか、
「僕のことも分かっていたのかい?」
「ええ、そのはずだったんだけど、いつもあなたのことを考えていて、それで急に他の人のことが分からなくなってきたの。今でも忘れっぽい性格は変わらないの。それが解消されるんであれば、他人の未来が分からない方がいいと思っているのにね」
 涼子は中西の未来をずっと考えていたのだろう。中西がいつも一緒にいる感覚でいた頃、涼子も中西のことを考えていた。
 涼子の夢を毎日のように見ていた。まるで夢の中で待ち合わせをしているような気持ちだった。
――夢を共有しているみたいだ――
 と感じたのを今でも覚えている。あの頃は、現実よりも夢の方が記憶に新しい。あまり記憶力のいい方ではない中西は、きっと夢の世界に思いを馳せた時期があるからだろう。
 自分の本当に好きな女性のタイプは涼子のような女性であることには違いない。しかし、涼子も同じ気持ちでいてくれたと思っていたのがウソのように感じる。
 中西はまわりに影響を受けやすいタイプである。涼子に対して常に優位に立っているつもりでいても、どこかで流されていたように思うのは、涼子がいつも自分と同じことを考えていると思うからだ。知らず知らずにペースに引き込まれていたのかも知れない。
 物忘れが激しいのもそのせいだろう。絶えず他人に影響されていて、他人への意識が過剰になってしまえば、当然物忘れが激しくなる。それを涼子に教えられた。
 今まで、他人に影響を受けたくないという思いが強かったことで感じていた騒音への苛立ち、物忘れの激しさを感じるようになってから、あまり意識しなくなったのは、よかったといえる。
 さらに最近は物忘れが激しくなってくるような気がした。
――自分は不完全人間だ――
 と思うようになってから、他の人を見ていると未来が分かってくるように感じるのは気のせいだろうか……。

                (  完  )
作品名:短編集92(過去作品) 作家名:森本晃次