Hydra
今のわたしの目に映る、海に向かって立ち尽くす二人。その後ろ姿は、そっくりそのままスケッチブックの中へ吹き込まれている。大人になって、新しい家庭の一部となった目から見た、十六年前の海。気難しかった女子高生は、いつしか大人であることを親から認められ、新しい家庭の妻として受け入れられた。そして、子供ができてからは、母親として。変化のたびに感じてきたのは、自分を見る目が変わる瞬間の怖さ。それは胴上げの途中で感じる不安感と、よく似ているのかもしれない。この地球に生きている以上、一度飛び上がったものは、いつかは落ちるのだから。
自分なりの『救いたい』という気持ち。それが正義感と結びついていた当時のわたしは、胴上げの頂点にいながら、空しか見ていなかった。七月十四日。それは、天利と話した最後の日になった。