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失われたあの夏

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「だって甲子園だぜ、小学校で野球を始めた頃から憧れた聖地さ、それも限られた者しか辿り着けないね、開催される可能性が3割で、俺たちが県大会優勝できる可能性が1割だとしても、可能性が見えてる限り諦められないさ」
「3%か……そんなものだったかも知れないな」
「それと、やっぱりお前らの存在さ、一緒に挑戦する仲間が居たんだ、それはモチベーションになるだろう?」
「それは確かにあるな」
「確かに……お前らと一緒にやれて良かったよ、10年経ってもこうして会ってるわけだしな」
「なんか、あたしは蚊帳の外?」
「そんなことないさ『俺ら3人』とは言ってないだろ?」
「ふふふ、良いのよ、あたしはみんなの周りをウロウロしてただけだものね」
「いや、グラウンドへ行けば静香に会えるってものモチベーションのひとつだったぜ」
「あら、あなた、そうだったの?」
「あ、敦、抜け駆けするなよ、俺も同じだったんだぜ」
「俺もだ、ダンナの前じゃ言いにくかっただけだ」
「あら、あたしもててたのね? ちっとも気付かなかったけど」
 そう言って静香は笑ったが、少し照れくさそうなのが魅力的だった。
「でもさ、敦は静大から県庁って決めてたろ? 静香も看護行くって高2の時から言ってたしさ、結婚するのは必然だったみたいだな」
「俺の方はな……静香がうんと言ってくれるかどうかはわからなかったけど」
「その割にはプロポーズまでに時間がかかったんじゃない?」
「親のことがあったからな、静香は看護婦だったから余計さ、親の面倒見てもらおうとしてるんじゃないかって思われないかと思ってさ」
「そうだったの? あたしはちっとも気にしてなかったけど、義母さんのお世話だってするつもりだったわよ」
「実際、助かってるのは事実だけどね」
「良いのよ、看護婦ってそんなもの」
「く~っ、敦、お前は幸せもんだな」
「確かに自分でもそう思うよ」
「結局、あの夏の甲子園があってもなくても、お前ら二人には影響なかったみたいだな」
「お前らはどうなんだよ」
「俺は一浪したけど、思ってたよりいい大学行けたからな……結果オーライってとこかな」
「俺は一浪して志望通りだったけど、開催でも中止でも一浪はしただろうから同じかな……結局、影響なかったわけか……」
 なんだか少し白けた空気が流れた……それを破ったのは敦だった。
「だけど、中止になって良かったなんて思ったことは一度もないぞ」
「それは俺も」
「俺もだ」
「あたしも」
「挑戦して結果的に行けなかったのと、目標そのものが消えちまったのでは意味が違う、ぶつかってはね返されたんなら諦めがつくけど、未だに俺の中では無念がくすぶってるよ」
「確かにそれはあるな、さっき影響なかったって言ったけどさ、大学の練習を見て、俺程度の力じゃベンチ入りも出来そうにないって思って諦めちゃったんだが、目標にはねかえされてたとしたら気持ちは違ってたかもな」
「俺はまあ、一浪した時点で野球から離れることは決めてた気がする、神宮に応援に行ったことはあるけど、グラウンドに居る俺は想像できなかったよ……でも確かに不完全燃焼で終わった感じは残ってる」
「中止で良かったとは絶対に言えないと思うよ、甲子園を目指してたのは俺たちだけじゃなかったんだしな」
「あ、そうか……」
「そうだな……」
「確かにそう……」
「あの時の状況からして中止決定は妥当だったと思うけどさ、目標だったものが消えちまったんだ、それで何も変わらなかったってのは違うよな、俺たちだけじゃなくて高校の野球部員ならみんなそうだろう?」
「確かに……恨む相手がウィルスじゃ悔しい思いを持って行くところがないから諦めちまってるだけかもな」
「まあ、甲子園が再開されて良かったよ、今でも高校球児は沢山いるんだし」
「ああ、俺らと同じ目に遭う奴らはいない方が良い」
「なあ、俺ら、来年も帰省して来るからさ、一年に一度でも良いからグラウンドで会おうぜ」
「ああ、大賛成だ」

 その後、静香が『そろそろ』と言って、敦と一緒に帰って行った、義母さんが気にかかるんだろう……。
 俺と正樹は店に残ってフライドポテトを追加してもう少し話していた。
「静香、いい奥さんやってるみたいだな」
「ああ、ダンナが敦で良かったよ、知らない奴だったら嫉妬しそうだ」
「さっき言ってたの本当か?」
「静香もモチベーションだったってことか?」
「ああ」
「本当だよ、恋心と言う感じじゃなかったと思うけど、高校時代の大切な思い出の一部さ、静香は」
「俺も同じだよ」
「ま、相手が敦だから諦めつくけどな」
「さっきの話じゃないが、アタックもしないで諦めがつくのか?」
「お前はどうなんだよ」
「そうだな……敦に抜け駆けされたって気はしないな、あいつは地元に残ったわけだし、俺は東京の大学、自分から土俵を下りたような気がするよ、なんとなくあの二人はくっつくんじゃないかって気もしてて、それが嫌だとも思ってなかったしな……静香のウェディングドレス姿を見た時は『敦には勿体ないな』とは思ったけどさ」
「ははは、俺も同じだ」
「結局さ……」
「なんだ?」
「その時その時で一番良いと思う事、一番やりたいと思うことをやって行くしかないんだよな、人生ってさ」
「人生とは大きく出たな、でもそうだな、中止は想定外だったけどさ、『甲子園を目指す』ってのがあの頃俺たちにとっての一番大事な事、一番やりたいことだったんだよな」
「その意味じゃ、無念さは今でも残ってるけど、後悔は残っていない、お前もだろ?」
「ああ、敦と静香もそうだろうな、後悔がないから一歩づつ前に進んで行けるんだろうな」
「こと結婚に関してははるか先に行かれちゃってる感じだけどな」
「母は、確かに……でもあの夏の無念は今日少し薄らいだよ」
「そうだな、毎年少しづつ薄れて行くんだろうな」
「自分じゃどうにもならなかった無念だからな、忘れられるものなら忘れちまっていい」
「そうだな、来年あいつらとまた会う時は、お互い少し成長してる姿を見せられると良いな」
「そうだな」
 
「暑っちぃなぁ」
「まだ4時過ぎだからな」
 あの日、監督が背負っていたのもこれくらいの高さの太陽、同じように暑い日だった。
 それは苦い思い出の中に鮮明に刻まれている、それが良い思い出に変わることはない。
 だが、母校のグラウンドで仲間と過ごした一日は、苦い思い出よりも仲間たちとの良い思い出の方を少し鮮明にしてくれた。
 そして、そのことは俺を一歩先へと進ませてくれる、そう思えた……。
作品名:失われたあの夏 作家名:ST