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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(29)~(33)

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第三十一話 喧嘩






俺は、声が聴こえている長屋の路地奥に向かって走った。わんわんと重なり合って聴こえてくる男たちの声の間から、甲高い女の叫び声が突き抜ける。俺がその場にたどりつくと、辺りは人だかりができていたが、間から喧嘩の様子を見ることができた。

そこでもみ合っているのは二人の女性だった。片方がやっぱりおかねさん、そしてもう一人の方も着物から見るに、やはりお糸さんのようだった。

「おかねさん!」

俺は彼女に向かって叫びながら、とにかく止めようと思って人の間を抜けていく。そして人垣の一番前に来ると、俺はその喧嘩の信じがたい様子にたじろいで、後ろへ一歩引いてしまった。

「邪魔ぁするんじゃない!今、形ぁつける!」

おかねさんはそう叫んだ。

なんと、二人は互いの髷を両手で掴み、なんとかグイグイ引っ張って、相手を引き倒そうとしているようだった。

その凄まじい力の入れようで二人の結び髪はぐしゃぐしゃになり、お糸さんの方は髪の毛がすべてバラバラになってしまっていた。

お糸さんは引っ張られることで首が大きく傾き、地面を見るような形になりながらも、なんとかおかねさんの髪を引っ張っている。そして彼女自身も、ぎゅっとつかんだおかねさんの髪をグイグイ揺らして、遠慮などまったくなかった。

「放せったら!なんだい色事師匠!」

お糸さんはそう叫んでおかねさんの髷をバラバラにしようと爪を食い込ませる。俺はとにかくやめさせるために何か言おうと口を開いた。でもそこでおかねさんがまた叫ぶ。

「なんだって!てめえに言えたことじゃあない!うちの下男はてめえみたいな“はすっぱ”にゃやらねえやい!」

“ええっ!?やっぱりこの喧嘩の発端俺ですか!?”

俺は一気に頬に向かって血液が集まるのを感じて、片手で顔を隠した。

「馬鹿にすんない!やっぱり秋兵衛さんに気があるんだ!」

“ちょっとお糸さん!そんなことを公衆の面前で叫ばないでください!”

俺は、周りに居る男たち全員が自分を指さしてニタニタと笑っているような気がして、とても顔を上げることなどできなかった。

「そんなこたぁてめえの世話にゃならねえ!とりゃっ!」

「あいたっ!」

はっとして顔を上げると、お糸さんがついに地面に叩きつけられてしまったところだった。

「これに懲りたら、もううちの下男に手ぇ出すんじゃねえ!」

おかねさんはそう叫んで力強く鼻息を吹き、こちらにずんずん向かってきた。

「あっ!お、おかねさん…!」

俺は、自分まで殴られたり蹴られたりするのではと思って、あわてて両手を前に出し、さらに後ずさるが、背中が誰かにぶつかる。

でもおかねさんはそのまま俺の横を通り過ぎ、家に帰って行ってしまった。

地べたに引き倒されたままの恰好で悔しそうに泣いているお糸さんをちらりと見たけど、彼女は俺のことなど見ていないようだったので、気の毒ではあったけど、そのまま俺も家に帰った。