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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(29)~(33)

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弁天様から帰って長屋の木戸をくぐる時、俺の隣を誰かが通り過ぎようとしたので、俺は道を譲ろうとした。ところがその人が立ち止まったので、俺は足元を見ていた顔を上げる。

顔を見てみると、名前は覚えていなかったけど、この長屋の端っこに住んでいる娘さんのようだった。

俺が「なんでしょう」と言いかける前に、その娘さんは急に俺の手を掴んで、手のひらに紙切れを押し付けた。

そのまま彼女は両手で俺の手を包んで紙を握らせると、「読んでよ」と言っただけで長屋の奥へ引き返して行く。

その姿を目で追いかけると、おかねさんがこちらを振り向いて、「何してんのさ、早く帰るよ」と言っていた。娘さんはおかねさんの方は見ずに、横を素通りして行った。

「あ、はい、ただいま!」





俺は夕食のあとで皿を洗う時、袂にしまっておいた手紙をこっそり開いてみて、周りを窺いながら読んでみた。

“見せたいものがあるので、あすのひる、うちに来てください  お糸”

そこには、それだけが書いてあった。俺は一人で首を傾げる。

“見せたいものってなんだろう?あの娘さんとは話もほとんどしたことはないし、思い当たることはないけど…”

“でも、もしかすると内緒の頼みごとでもあるのかもしれない”

俺は翌日、おかねさんのお稽古の合間に訪ねてみることにした。








「た、たすけてえ!」


俺はそんな悲鳴を上げ、慌ててその家を飛び出し、必死で自分の家に駆け戻った。すると、俺があんまり大きな音で戸を開け閉めしたものだから、お弟子もおかねさんもびっくりして、お稽古をしていた三味の音が途切れる。

「なんだい騒々しいね!稽古の最中だよ!」

「は、はい…すみません…」

俺は心臓がドクドクと強く脈打って体中を揺らしているところで、とてもおかねさんの顔を見られる状態じゃなかった。背中は、冷や汗でびっしょりで、心の内はぐらんぐらんと揺れていた。

怒ったおかねさんに追い出されて洗濯をしていた井戸端に戻ってからも、俺は気が気じゃなくて、絶えず長屋の奥を振り向いていた。






そしてその晩、俺はいつもの通りに畳のへりのすれすれで膳に向いながら、まだ悶々と悩み、ごはんを食べていた。その日のお菜は、がんもどきときんぴらごぼうだった。

「お前さん、昼間、血相変えてうちに飛び込んできたね」

顔を上げておかねさんを見ると、彼女はしかめっ面でお米を口に運んでいた。

「え、ええ…」

俺は、“どうしよう”と迷った。


“あれは間違いなく、誰かに話していいことじゃない”


「何があったんだい。お言いな」

そう言っておかねさんはパチンと箸置きに箸を置いて、俺を一睨みした。

「言うまい」と思っていた。

なのに、彼女の眼光のあまりの鋭さと、今にも茶碗を投げてきそうに肩を怒らせた様子に、俺はいっぺんですくみ上ってしまった。

「じ、実はその…お糸さんといいましたか、長屋の娘さんに、家まで呼ばれまして…」

おかねさんはそこで、ぴくりと眉を動かした。それも怖くて、俺はうつむいてなんとか先を続ける。

「“見せたいものがある”と呼ばれたはずだったんですが、戸を閉めた途端、娘さんが…」

俺の言葉を聞き終わらないうちにおかねさんは立ち上がると、ほとんど駆け出すように家を飛び出し、あとをも閉めずに家を出て行ってしまった。


そしてしばらくすると、外が騒がしくなり、長屋の男連中が「喧嘩だ!喧嘩だ!」、「それっ!やっちまえ!」とはやし立てるような声が聴こえてきたのだ。

俺は“もしや”と思い、急いで外に飛び出した。