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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(29)~(33)

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第三十話 翻弄






俺たちは翌日、不忍弁天に行く支度をしていた。少し涼しい風も吹く日だったので俺は久しぶりに羽織を出し、おかねさんは念入りにお化粧をした。

「はい。これはお前さんのだよ」

そう言っておかねさんは、いつか繕ってくれた俺の財布を、渡してくれた。でも、それにはたんまり銭が入っていたのだ。

「えっ!こんなに…!?」

俺がずっしりと重い財布を上げ下げしていると、おかねさんはくすくすと笑った。

その時の彼女は、いつもより一層綺麗だった。

白粉を塗った肌は眩しいほど白く、吊り上がり気味の両目が細められた様子はまるでお狐様の目のようで、彼女は唇の端を弓なりに持ち上げ、その真ん中は、真っ赤な紅に艶やかに彩られていた。

「あたしが足した分もあるけど、ほとんどがお前さんの写し物の分さ。そういや出してなかったと思ってね」

「あっ!そうか!」

そういえば俺は、「写し物」で少しお小遣いを稼いだのだ。彼女と病の床から抜け出したあとは、俺はそのことをすっかり忘れていた。

「自分で稼いだ銭を忘れる人があるかね。ああ、おもしろい。さ、行こう」

「は、はい!」








俺は思うのだが、江戸時代の人は「信心深い」のもあるけど、今で言う「パワースポット巡り」のような感覚で、好き放題に寺社参詣を楽しんでいたようなところもあるのではないだろうか?

だって、どこの神社にもわらわらと人が居るし、人々は立派な建築を仰いで感心したり、まるで行楽気分でいるように、茶屋の団子を食べ歩いたりしている。

参道を歩いている時、俺はふと、そばに居たお職人らしき三人組が噂話をしているのを、小耳にはさんだ。


「よお。あれぁいい女だな」

「だな。ここぁ弁天様だ。似合いだぜ」

「小股の切れ上がった、涼やかな…うちのカカアとぁ、えれぇ違えだ」

「いるだけいいじゃねえか、カミさんもよ」

「あんなガミガミうるせえカミさんいらねえよ、あれじゃあガミさんだ」

「にしても、隣にいるのぁ、ずいぶん若えなぁ」

「だなぁ。弟じゃねえか?」

「ああ、きっとそうだな。あんまり似ちゃあいねえが」

「男女違えば、姉弟なんてのぁそんなもんだ」

「かもな」


家族に聞かれたら家に雷が落っこちるようなことを言っているのも居るし、俺は勝手におかねさんの弟にされるし、噂話なんてのは、面白いんだか腹が立つんだか。

おかねさんに聴こえていないだろうかと心配して彼女の方を見ると、彼女は真っすぐ本堂へさして歩いていて、気にも留めていないふうだった。


ところが、帰りの参道を抜けて俺たちが弁天様を出た時、おかねさんはやっぱり大笑いし出したのだ。

「ど、どうしたんです?」

「アハハハ…ああ、おっかしい」

「何がです?」

お化粧が崩れそうなくらいにおかねさんが思い切り笑ったので、俺は周りの目も気になった。でも、誰も気にしていないようだったので、おかねさんに目を戻す。彼女はもう笑っていなくて、でもまだニヤニヤとしながら俺を見ていた。その目は、どこか惹きつけられる目だった。

おかねさんは上目がちにこちらを見ていて、睨むように瞼を寝かせているのに、薄く微笑んでいる。「色目」とも言ってしまえるような、そんな目だった。

「だって、行きに後ろにいた三人組ときたら、お前さんのことをあたしの「弟だ」なんてさあ。おかしいじゃないかね」

「えっ…!」


“これはもしかして!世間で言う「口説き文句」の始まりではないか!?”


俺は急に顔が熱くなり、慌てておかねさんから目を逸らす。するとおかねさんは立ち止まった俺を置いていき、元の道をそのまま戻って行ってしまった。

おかねさんは何か言うかと思いきや、それっきり黙っていて、鼻歌など歌っている。

「ま、待ってくださいおかねさん。あの…さっきの話は…」

「さっき?さっきってなんだい」

彼女がいたずらっぽくしらばっくれるので、俺は“照れているのかな”と思った。俺は、はしはしと歩く彼女についていく。

「あの、私が…弟ではないと…」

俺は思った台詞をやっぱり言い切れず、恥ずかしくてうつむいてしまった。そんな俺に、おかねさんはこう言ってのけたのだ。

「ああ、そりゃそうさ。お前さんは下男じゃないか」

その言葉は、俺の心にぐっさりと突き刺さったあと、氷のように溶けて消えて行った。


“えっ、なにそれ…。あまりに冷たくないですか、おかねさん…”


俺は帰り道に、綺麗に結い上げられた彼女の後ろ髪を見つめながら、心の中でこう叫んだ。


“江戸の乙女心がわからない!俺にはわからない!”


俺はなんだか、おかねさんにもてあそばれているような気がしないでもなかった。