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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(29)~(33)

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お稽古はいつも通りに済んだ。と言いたいところだが、そうはいかなかった。


「何やってんだよ!そこはそうじゃないと言っただろう!」

「へいっ!すみません!」

おかねさんはその日に、とうとうお弟子に向かって撥を投げつけてしまったのだ。

投げつけるだけで、撥で殴ったりはしていないものの、俺はそのお弟子の帰り際に、表で問いただされた。

俺はその時、井戸端まで洗濯物を運ぼうとしていたところだった。そこへガラガラと戸が開いて、俺の後から出てきたお弟子の「助三郎さん」は、俺を捕まえ、こう言ったのだ。

「師匠は何があったんでい。あれじゃあまるで気でもちがったみてえだ。あの剣幕ぁおめえさんも見たろう」

「は、はい…特に今日は、ご気分がすぐれないようでして…本当にどうも、すみません…」

「いや、おめえが謝ることでもねえけどよ、おれぁこの分じゃ、ここへの出入りを考ぇるぜ…じゃあよ」

「はい、お気をつけて…」

俺は助三郎さんが気の毒だと思っていたし、肩を縮めて見送るしかなかった。

助三郎さんは、確かに腕がまずい。それはそうだけど、その日のおかねさんはお世辞も出ないどころか、最低限の礼すら欠いていた。


俺は洗濯が済んで家へ帰ると、出かけようとして少し化粧をしていたおかねさんの前に進み出る。

「お師匠。あれではあまりに、助三郎さんがかわいそうです」

俺は下男だ。多分まだ、そうなんだろうと思う。でも彼女は、俺の言うことには耳を貸してくれるかもしれない。そのくらいの信頼関係なら、作ってきたつもりだ。

そう思って畳に手をついて、背中をかがめた格好ではあったが、俺はしっかりと顔を上げておかねさんを見つめた。

するとおかねさんは、ぷいと横を向いて唇を突き出す。

「うるさいね。お前さんが教えてるわけでもないだろ」

「ですが…」

「いいんだよ!あたしはお菜を見に出かけるから、お前さんも飯の支度をしな!」

「はい…」





俺たちはその晩、狭い四畳半に布団を並べ、それぞれ横になって薄掛けにくるまった。行灯の火は消え、部屋の中は真っ暗だ。

おかねさんは壁に向かって寝転び、こちらに背を向けている。彼女が寝転んだ時、そんな気配がした。

“彼女のあの言葉は、もしかしたらただの気まぐれだったのだろうか…”

“そうだとするなら、俺が「恋が叶った」と思っていたのも、ただのぬか喜びかもしれない…”

“でも、これで元に戻ったとするなら、彼女はまだ苦しみを手放していないことになる…”

俺は仰向けになって見えない天井を見上げ、そうやって考え事をしていた。しかし、その時おかねさんは急にぐるりとこちらを向いたようで、耳元で「お前さん」と聴こえたのだ。

「わっ!」

俺は考えていたことを見透かされたように驚き、叫んでしまった。でも彼女は気にしていないふうだ。

闇の中、彼女が楽しそうに笑う声がする。

「お前さん、明日あたしが弁天様に行くときに、ついておいでな。こづかいもやるから、少しはいい思いができるよ」

「えっ…よろしいんですか?」

俺は、“なんだか唐突だな”と思った。布団を敷く前は、彼女はとても不機嫌そうに見えたのに。

「ああ、いいよ。じゃあおやすみな」

「は、はい、おやすみなさい…」


“こ、これは…もしかして、デートのお誘い…?いや、でも俺の扱いは、下男のままだし…”


不可思議な彼女の振舞いに戸惑いながらも、俺は胸をときめかせ、“もしかして、もしかしないかな…”とまた期待をしながら、ゆったりと目を閉じた。