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短編集91(過去作品)

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 いろいろ話を聞いているとやはり同じ時間にそこにいて、同じようなことを考えていたようである。距離感が取りにくかったり、同じような道を走っていて、どこを走っているのか分からなくなっていたりと、不安になることばかり考えていたのは偶然ではない。
「それでかなり疲れちゃったのね。本当ならもっと先まで行くつもりだったんだけど、これ以上走る自信がなかったのよ。こんな気分になるなんて今までにはなかったのにね」
 話を聞いていて、ますますさっきまでの自分の心境と同じであることを白石は悟った。
「私はここを明日発つつもりなんですが、あなたは?」
「そうですね。明日には出かけようと思います。温泉に浸かって、おいしいものを食べてゆっくりと寝れば疲れも取れるはずですからね」
「そうですか、でも、私はそう簡単に疲れが取れないような気がするんですよ。あなたはもう一日ここにいると思います」
 何を根拠にそう言っているのだろう。勝手に決められてムッときたところもあるが、
「あなたは明日もお泊りですか?」
「いえ、私は十分に休息をとりました。だから言っているんですよ」
 さっきのシチュエーションの話といい、完全に同じ時間にすれ違ったような気でいた。しかしよく聞いてみると、彼女の話がまるで昨日の話ではないかと思えてならない。
「それって、昨日の話ですか?」
「ええ、そうです。そして昨日私も初めてここに来て、同じようにここで泊まっていた人から、今私がした話を聞かされたんです。だから、あなたも明日ここで誰かに同じ話をすると思うんですよ」
「どんな人から聞いたんですか?」
 何となく胸騒ぎを感じた。
「男性でしたけど、あなたに似ていたような……」
――やっぱり――
 思わず心の中で一人頷いていた。そう言われることを覚悟、いや、期待していたのかも知れない。
――明日になったら、きっと誰かにこの話をしそうな気がする――
 と感じたのと同時だった。
 彼女の目が訴えているのだ。怯えにも見えるが期待にも見える。実に複雑な表情をしている。
 それにしても、この話は以前にどこかで聞いたような気がしていた。思い出すのは、峠の茶屋の駐車場を出た時に見えたトンネルである。
――一体どっちから来たのだろう――
 と一瞬考えたはずだった。その時に意識していなかったように思うが、どちらに行くかで過去と未来が見えてくるようだった。
――またしても、過去に進んでしまった――
 そう感じた瞬間には戻ることができない現実に苛まれる。だからこそ、過去に進んだことを意識しないようにしている。
 そう感じた瞬間に、白石は自分の前世に触れてしまったのだ。いや、旅行を計画した時から、前世に誘われたのかも知れない。
 この場所で過去に一体何があったというのだろう。
――鍬焼きの鍬――
 そこには血生臭いものを感じてしまう。昔百姓一揆があって、その時の血をごまかすために鍬で焼くことを思いついた。それも思いついたのは、この自分……。
 白石は過去に思いを馳せている。そこには本当の自分がいるのだ。
 戦に負けて落ちのびて、そこで勢力を盛り返し、地元の百姓を配下として従わせた。不満が溜まっていることに気付かずにである。
「この落ち武者どもが、俺たちの土地を荒らしやがって」
 くらいに思っていただろう。その思いが爆発したのだ。
 反乱はかなりの犠牲者を伴って何とか収まったが、その時の白石は思った。
――所詮、一度落ちれば、以前のような自信や長としての才覚は戻ってこないのだ――
 と……。
 その時にずっと一緒に姫の顔が脳裏に浮かんでくる。宿で会った彼女に似ている。
――いずれ会える――
 と思っていたのに、すぐに思い出せないのは、白石がまったく違う人間になってしまった証拠ではないだろうか。
 白石は繁栄していた頃の自分を思い出していた。城の天守閣から見える綺麗な砂紋、その遠くには果てしない日本海が広がっていて、空との境目すら分からない。
 そう、鳥取砂丘である。
 明日来る人、きっと自分にゆかりのある人に違いない。きっとその人は鳥取砂丘のことを詳しく話してくれる姫のような気がして仕方がなかった……。

                (  完  )


作品名:短編集91(過去作品) 作家名:森本晃次