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短編集91(過去作品)

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脱線事故の真実



                脱線事故の真実


 電車の窓から見える景色、そこにはいろいろなものが写っていることだろう。
 子供の頃、誰もが車窓からの景色を楽しもうという気持ちがあったのだが、大人になるとそれほど気にしなくなるもののようだ。
 長い距離、電車に乗っていて何を考えているのだろう? 表情一つ変えずに目を瞑ってじっと座っている人などを見ていると不思議で仕方がない。新聞や本を読んでいる人にしても同じことで、顔色一つ変わることがない。
 そんな人たちから見れば表をじっと見ている人も同類に見えるのかも知れない。だが、ここに一人、いつも表を見ながら何かを考えている男がいる。彼はまわりを見ながらいつも不思議に思っているが、自分も結局同じように無表情でいることに気付いていないようだ。その日も同じように、同じ時間の出勤である。もちろん、何も知らずにいつもどおりの出勤であった……。

 朝六時半定刻に、いつも滑り込んでくる快速電車。千早哲夫の乗る駅からは、まだそれほど客は乗ってこない。
 さすがに都会に近づけば人が多くなってくるが、それまでは好きなところに座れるくらいガラガラ状態である。空いている車内では、皆暗黙の了解で指定席を持っていて、千早も当然のごとく、いつも同じ席に座っている。
 夏の時期はこの時間、朝日がまともに差してくる。そのため、左側に乗ると眩しいのが分かっているので、右側の窓際を指定席にしているのだ。
 その日はいつもと同じ朝というわけではなかった。だが、それは家を出るまでのこと、家を出てから会社までの通勤では家を出るまでと精神的に違っている。確かに目が覚めた時は意識も朦朧としていて、その日の調子が分かるまでには少し時間が掛かる。毎日同じ時間に起きるが目覚ましで起きることはない。本人が考えているよりも、規則正しい生活をしているに違いない。
 朝食を摂らずに家を出る。一人暮らしの千早は、朝食を摂って家を出る習慣はない。学生の頃は家で食べていったが、それも苦痛だった。なぜ苦痛なのか最初は分からなかったが、
――起きてすぐは胃が働かないんだ――
 と分かってきた。
「だったら、もっと早く起きればいいじゃないか」
 と親から小言を言われそうだが、学生の頃で一番苦手だったのが早起きだった。今でこそ早く起きているが、なぜ学生時代、あんなに朝が苦手だったのか、今でも分からない。
 そんなことってあるものだ。学生時代と社会人になってからでは心構えからして違う。しかも、実家を出て一人暮らしを始めれば尚のこと、頼る人もいない。
 しばらくは食事を摂らずに会社に出かけていたが、ある日、会社の近くに喫茶店を見つけた。余裕を持って出かけた日だったので、会社に入って初めての朝食を、その店で摂ったのである。
 それまではご飯と味噌汁という和食だったのに対し、喫茶店ではトーストにコーヒー、さらにはベーコンエッグである。一人暮らしを始めてから最初の頃はモーニングコーヒーだけでも作っていた。目覚ましとしても最高なのだが、何よりも香りを楽しみたかった。
 喫茶店ではコーヒーの香りに混じって、トーストの焼ける匂いが香ばしさをさらに引き立て、
――朝食もいいものだ――
 と思わせるに十分な雰囲気を醸し出している。
 朝食がきつかった一番の原因は朝起きてすぐだったからである。起きてから喫茶店に来るまでは時間的にも小一時間くらい掛かることもあって、お腹に入れるにはちょうどいい時間帯ではなかろうか。適度な空腹が鼻腔を敏感にさせ、香ばしい香りをじっくりと堪能できる。いわゆる、
――贅沢な時間の使い方――
 というべきであろう。
 喫茶店では優衣という女の子が朝からアルバイトで来ていて、いつもカウンター越しに話をしている。内容は他愛もない話から、夢の話までさまざまで、思ったより雑学を知っているところが大学生らしかった。
 アルバイトが終わって学校に行くのだが、
「千早さんと話していると、その日のリズムが分かるみたいなの」
「どうしてだい?」
「ジンクスのようなものかしら。千早さんの表情で何となくその日がいい日なのか悪い日なのか分かるの」
「まるで下駄を投げて天気を予想するみたいだね」
 と言って笑った。迷信の類なのだろうが、あまり迷信を信じない千早はそのあたりの話を適当にいなしていた。
「時々誰かに見られているって感じることありませんか?」
 いきなり話が変わったが、優衣の話に唐突は付き物で、もう慣れていた。
「あまりないけど、言われてみればおかしなものだね。時々あったような気がしてきたよ」
 思わず苦笑いをしてしまった。
――何かおかしい――
 と思うことが時々あったが、その中に誰かに見られているかも知れないという思いも含まれている。言われなければ分からなかったが、夜道を歩いている時などに感じるのは、影に怯えているからかも知れない。犬の遠吠えなどが住宅街で聞こえたならば思わず空を見上げる癖がついている。
――オオカミ男でもあるまいし――
 と後で考えれば笑って話せるのだが、その時の薄気味悪さは味わったものでないと分からないだろう。
「お前はテレビドラマの見過ぎだ」
 と子供の頃に言われたが、影があるのも月明かりのせい、満月によって作り出された影が、文字通り幻影を映し出していることを確かめるのも怖い。
 子供の頃に追いかけられた記憶がある。
 正体をハッキリ見たわけではないので、果たして追いかけられていたのが自分だったかどうか定かではないが、少なくともまわりには誰もいなかった。
 コツコツと革靴の乾いた音、熟の帰りに歩く閑静な住宅街は、今から思い出しても気持ち悪い者だ。音の正体を確かめたいと思う好奇心も、その時の恐怖にとてもかなうものではない。
 急いで走り去ろうとして足早になる。すると、足音も早くなった。
――明らかに追いかけてくる――
 すると足がすくんでしまって、今度は思ったように進めず、足が絡まってしまっているかのようだった。
 その時に曲がった角で見えた赤いポスト、お世辞にも明るいとは言えない街灯に照らされているポストはまるで血の色に見えた。
 薄っすらと光っていて、黒光りの様相を呈しているのも気持ち悪い。何よりも以前にもポストを見て、
――血の色だ――
 と感じたことがあったが、それがいつだったか分からないことも気持ち悪さを深めていた。
――血の色だなんて、何と不吉なことを考えるんだ――
 ホラー映画の見過ぎではないが、時々気持ち悪い発想をしてしまう時がある。そんな時は、まだ子供の頃の感覚が残っているだと、一人ごちていたものだった。月にしても血の色にしても、何かしら曰くめいたものを感じる。特に田舎で育った子供の頃などは、友達とよく怖い話をしたものだった。
 血の色の時も、誰かに見られているような気がした。その時は見ているものが自分ではなく赤いポストを見つめているのだと思い、それほど気にしなかったが、あまり気持ちのいいものでもなかった。
 そんな話をした日は、まわりの視線が気になるようになっていた。会社でもそうだったが、帰りの電車でも同じ、だが、誰かに見られているような感じは一向になかった。
作品名:短編集91(過去作品) 作家名:森本晃次