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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(12)~(20)

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おかねさんは、やっぱり江戸っ子だった。

時分時になると来る「振売り」のおかず売りで一番美味しい物を選ぼうとするのも、着物を買うにしても一等良い物を選ぶのも、はっきり言って明日の生活などほとんど考えないようなお金の遣い方だった。


“江戸っ子は宵越しの銭を持たない”。そういう面もあるのかもしれないけど、それともう一つ、“あとのために蓄財をするより、衣食にうんと金を掛け、「粋」と呼ばれる刹那を生きる”。そんな江戸っ子の気質を、俺は日々感じている。


俺が魚屋の金兵衛さんを家に迎えて話をしていた時にも、金兵衛さんは、「おかねさんは通だからねえ、口に合わないものは勧められても食べないけど、いいものをちゃーんと知っていて、必ずそれを頼んでくれる」と言っていたものだ。


それにしても、聞いてないから知らないし、じろじろ見るのも悪いと思うから覗き見もしないけど、おかねさんの稽古の謝礼って、いくらなんだろう…。


それから、おかねさんは江戸っ子の中でも、面倒見の良い江戸っ子だ。

俺は下男だけど、それでも俺が身の回りに困ることのないようにと、おかねさんは、あれが要る、これもあった方がいいと、いろいろと心配をしてくれていた。

おかねさんは、俺が下男だからといって邪見に扱ったりすることはせず、俺がわからないことがあった時にも、必ず優しく教えてくれる。そして彼女は、それをむしろ「良い主人としての誇り」と心得ているのではないかと、俺は思っている。

良い人だなあ。この時代の言葉でおかねさんのような女性を表現するなら、「気立てがいい」と言えるだろう。でも、だとすると…。






「おかねさん、あの、聞いてみたいことがあるんですけど…」

「なんだい」

ある晩、おかねさんが床をのべた後、ずっと不思議に思っていたことを聞いてみることにした。

今までは「下男のくせに生意気な口を」と言われるんじゃないかと聞けなかったけど、おかねさんがそんなことを言わない人なのは、もう承知だ。

おかねさんの向こうには行灯があり、高枕に乗った彼女の横顔の輪郭は、ぼうっと薄く照らされていた。長いまつ毛や心持ち高めの鼻の先、それから大きな瞳が優しく光り、どこか憂いがかったように見える影も美しい。やっぱり、文句無しの美人だ。だから余計に不思議だったんだ。

でも、何かおかねさんが傷つくことになったらどうしようか。そう思うと、なかなかすぐには口を開けなかった。

「どうしたい。聞くなら早くお聞きよ。あたしゃそろそろ眠たくって…」

おかねさんはあくびをして目を閉じる。

「あの…どうして、お嫁に行かなかったんですか…?」

言ってしまってから、俺はちょっと後悔した。

こういうのって、俺が居た現代で聞いても、セクハラに近い発言だよな。あーやっぱり聞かなきゃよかった。

俺は目を伏せて、そんなことを考えていた。でも、いつまで経ってもおかねさんから返事がないので、彼女を見ようとして俺は驚いた。

おかねさんは、目を閉じてゆったりと息をしている。それはもう、眠ってしまったようにしか見えなかった。いくらなんでも早過ぎないか?

「おかねさん…?」

俺が小さく声を掛けても、おかねさんは翌朝まで起き上がらなかった。