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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(12)~(20)

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俺の毎日は江戸の下町にある一角でひっそり過ぎていき、それでも俺は自分のことを、令和に生きる人間だとまだどこかで思っていた。だから、暇を見つけては考え込んで、だんだんと、戻れないことへの焦りが募っていった。



その日、おかねさんは稽古は休みで、「二人で観音様にでも行こうじゃないかね」なんて言って、俺はただ、「そうしましょう」と言った。

俺はおかねさんの荷物にきんちゃく袋を持ち、おかねさんは財布の中を見てお化粧をしてから、家を出た。


裏長屋の木戸を開けて表通りへ出ると、職人たちが大わらわをしている通りが続き、そこを過ぎると筋違橋が現れる。それを渡らず右へ行き柳原通り土手の景色を楽しみながら、突き当たった浅草橋を渡り、俺たちは道を左へ折れた。

そこから先は浅草寺観音堂までは一本道だが、これがなかなか長い道。道の両側はだんだんと参拝客目当ての屋台が多くなり、当たりは寺院だらけになっていた。そして、“江戸中から人が集まっているんじゃないか”というくらいの人にもまれながら仁王門をくぐってとうとう参道に入ると、にぎやかに茶屋や土産物屋で客を呼び込む声が四方八方から飛んできて、行く手に立派な本堂が見えてくる。とにかく人が多いので、俺たちは手早く御本尊を拝んで賽銭を投げ込んだ。


あとで屋台で夕食にしようと話しながら、俺たちは参道を後に戻ろうとした。でも、言葉が途切れた時、おかねさんがこう言った。


「おっかさんのことでもお願いしたんだろ?」


俺はびっくりして一瞬立ち止まりそうになったけど、そのままおかねさんの後をついて土産物屋に入って行きながら、彼女の後ろで、“どうしてわかったんだろう”と、もう思い悩み始めていた。





「お前さん、おとつい井戸端でおっかさんを呼んでたじゃないか」

夕暮れ時に家に帰ってから、気まずいながらも俺が「どうしてわかったのか」聞くと、おかねさんはそう言って、どこかうつむいてがっかりしたような顔で笑った。

それから行灯に火を入れて羽織を脱ぐと、それをそこらへほっぽって俺が拾うのを待ち、おかねさんは行灯のそばへ正座をする。俺は、“この場をどうやって切り抜けよう”と考えながらも、衝立にでも掛けておこうと羽織に手をかけた。その時だった。


「どうして嘘なんかついたんだい。お前さん、何者なんだい?」


そんな冷たい、侮蔑を孕んだ声音が、俺の頭に降ってきた。それはびしゃっと水を掛けられた気持ちになるような、険しく尖った声だった。


「そ、そんなこと…」


俺は迷った。本当のことを話したって狂人扱いされるだけだ。この時代に、“未来”なんて概念はない。それに、もう「何も覚えてない」では押し通せない。でも、嘘に嘘を重ねるなんて嫌だ。でも、でも…。

薄暗い中に行灯のほのかな灯りでおかねさんの姿が浮かび上がり、俺を咎めるような表情は、乏しい光が顔の下から差す様子で一層厳しく見えた。


俺は、ここを追い出されるなんて嫌だ。どうしても嫌だ。

どうしよう。どうしたらいいんだろう。なんとかごまかさなくちゃ。でも、その方法がない。

それでも、「行くところがない」なんて理由ではなく、俺にはもう、はっきりと“ここに居たい”と思う理由があったんだ。


俺は、“いよいよ追い出される”と思うと、両手の先がぶるぶると震えて止まらず、とにかくごまかすために笑顔を作ろうとしているのに、自分の顔がどんどん泣き顔になっていくのを感じていた。おかねさんの羽織を握りしめたままでがっくりと畳に手をついて、俺は必死に涙をこらえ、おそろしさに耐え切れずおかねさんを見上げた。

おかねさんは俺がそんなふうに精一杯怖がっているのを見て、悪いことをした気になったのか、急に怯えて眉を寄せた。俺はそれを見逃さず、とにかくその場で額を畳にぶっつけたのだ。


「お願いします!ここに置いてください!ご迷惑はお掛け致しません!お願いします!お願いします…!」


そうして俺は何度も頭を床に叩きつけ、いつのまにか畳を濡らしてじりじりと額を擦りつけていると、おかねさんは俺の肩を引っ張って起き上がらせてから、手ぬぐいで涙を拭ってくれた。


「わかったよ。…なあに、何も追い出そうって話じゃないんだからさ。お前さんは大事な下男だし、もしわけを話して頼りたくなったりしたら、その時にそうしとくれな」

俺はその言葉を聞いて気が緩み、一気に目の前が歪んで、またぼろぼろと涙をこぼした。

「泣くんじゃないよ。わかった、わかったからさ」

「ありがとうございます…」

「ほら、じゃあ今日はもう寝よう」

「はい…」