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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(12)~(20)

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気が付くと、俺たちのそばにおかねさんが立っていた。俺の洗濯の帰りが遅かったからか、稽古のあとのお茶を煎れに戻らないからだったのか。でも、それより何より、おかねさんは口を一文字に引き結び、眉を吊り上げて、じっと甚吉さんを睨んでいた。それは、俺のことすら見えてもいないようだった。

「あ…し、師匠…なんでもねえでげす。今、秋兵衛さんにご相談をですね…へへっ」

“都合が悪い時に笑ってごまかそうとしても、相手がこれだけ怒っていたらもう無駄なのだな”と、俺はその日知った。

おかねさんは「銭のことかい」と言い、まだ甚吉さんを睨む。甚吉さんが極まりが悪そうに「ま、まあ…」と言うと、おかねさんは何も言わずに家の中に引き返し、すぐに戻ってきた。

そして俺たちのところに戻ってきた彼女は紙包みを握っていた。でもそれが見えたのはたった一瞬で、おかねさんはそれをいきなり、甚吉さんの顔めがけて思い切りぶっつけたのだ。

「イテッ!!何すんでぃ!」

甚吉さんはあまりのことに叫ぶ。俺が慌てながらも地面を見ると、ぶつけられて破けた紙包みの中身は、なんと金のお金だった。

「そら!持っておいき!お前さんはそれで破門だよ!」

甚吉さんはしばらくお金を拾おうかどうしようか迷っていたようだったけど、舌打ちをすると立ち上がって、猛然とおかねさんに怒鳴りつける。そこから、長屋じゅうが揺れるような喧嘩が始まった。

「何すんでぃ!渡すならもう少しやさっしく渡したらいいじゃねえか!」

「ぜいたく言うんじゃないよ!も少し稼いでからお言い!」

「女のくせに生意気言いやがって!」

「生意気!?生意気だって!?そんならお前さん、師匠の下男から銭をゆすり取ろうとするお前さんはなんだい!?それを拾ったらとっとと出ておいき!影覗きもしたら承知しないよ!」

そこまで言われて甚吉さんは何も言えなくなり、投げつけられた一分金(いちぶきん)の中からいくらかをさっさとかき集めると、「二度と来るか!|悪性女め!」と捨て台詞を吐き、木戸を蹴破っていってしまった。


俺は江戸っ子の気性の激しさに驚いていたが、でも、心配もしていた。だってあのお金は。


「おかねさん…あのお金は、もしもの時のためにって…」


前におかねさんが、「雨降り風間と言うからね、何かの時のためにこうして二両は取ってあるのさ。人に言っちゃならないよ」と言って、小さな金貨がまとめて包んである紙包みの中を見せてくれたことがある。彼女はそのあとすぐにお金を包みなおして、小さな仏壇の奥に隠していた。多分、甚吉さんに投げつけたのはそのお金だったんだろう。

おかねさんは俺を見ずに、つまらなそうに「フン」と鼻を鳴らすと、さっさと家の中へ戻ろうと踝を返した。

「いいんだよ。これで追っ払えたんだ。もう日も暮れる。早く終わらしな」

俺はそれを聞いて、もうほとんど終わりかけていた洗濯を済ませ、おかねさんの家に戻った。





火鉢の脇へ俺たちは座り、おかねさんは寒そうに手をあぶって、俺はお茶を煎れる準備をしていた。鉄瓶が震えて、湯がたぎる音がしている。

薄くて青白い湯のみにお茶が注がれると彼女はそれを受け取り、ひと口ふた口飲んでから、ちゃぶ台へ放ってしまった。そこから彼女の、長い、長い、身の上話が始まる。