天界での展開 (3)
「そのご心配には、及びません。あの秘書室長は、私の大学院時代の後輩でして、私は、彼が閻魔殿の秘書室長になる折に、少しばかり後押しをした経緯がありますから、私の頼みを無碍に断る様な真似はしないでしょう。それよりも、好い機会ですから、どうかゆっくりと娘を交えて話など致しましょう。・・この清廉が、如何に仕事と雖も、これまで家まで男性を伴って帰った事などありません。娘も結構な歳でして、誰か良い伴侶は居ないものかと、連日の様に家内と話しておったのです。初対面で、この様な話をするのも失礼な事と充分承知しているのですが、閻魔殿秘書室第一秘書の純真様は、ひと目見ただけで申し分のないご立派な方と推察致します。実に不仕付けで唐突なお願いですが、これを機に、娘と親交を深めて頂ければ、私も家内も嬉しゅうございます。決して無理強いするのではありませんが、これも何かの縁と考えて、 清廉の親としての我儘をお聞き入れ頂ければ有難いのですが・・ その上で、娘が、純真様のお眼鏡に叶わないと判断されたのであれば、致し方のない事・・」
「い、いや・・私は、何もそういう気で清廉さまと同道したのではありませんが・・、では、取り敢えず折角のお誘いに甘えさせて頂きます。」
「何を気取ってるんだい、秘書さん。良かったじゃないか。いや~~、人生、分らんものだなぁ、当に一寸先は闇 ではなくて、この場合、一筋以上の光明じゃないか。・・清直さん、いや、お父さん、この秘書さんの親代わりとして、さっきのお父さんの話、有り難く受けさせて頂きます。実は、この秘書さんは、予てより清廉さんに一方ならぬ思いを寄せておりましてですね、如何にすれば娘さんとお近付きになれて、果ては幸せな家庭を持てるだろうかと、この俺が相談を受けていたところだったのですよ。ひとまず此処は、ふつつかな若造ではありますが、娘さんとお付き合いをさせて頂けます様に、親代わりとしてお願い致します。」
「一二三院四五六居士、勝手に親代わりなどにならないで下さい。・・それに、この私は兎も角、清廉女史の意向も聞かず我々だけで話を進めるなど礼儀に反しておりましょう。」
「そりゃ、そうだ。では、清廉さん、親代わりの質問に応えて下さい。あんたのお父さんの申し出に、この不肖の息子は、あまりにも突然の展開で困惑している様な表情は見せておりますが、心の中は、突然の朗報にウキウキ・ドキドキでして、もう飛び跳ねて喜びを爆発させたい気分を必死で抑えております。さて、そこで清廉さん、あなたは、一体どの様な気持ちで、この話を聞いていたのでしょうか? 簡単に、30秒以内に応えて下さい。」
「えっ・・・・・」
「・・」
「・・・」
「残り15秒・・・」
「・・・」
「・・」
「・・」
「10,9,8・・・・」
「取り敢えず・・」
「取り敢えず?」
「お付き合いを始めて、先のことは、ゆるりと二人で相談しながら という事で・・」
「という事は、この秘書さんを心憎くは思っていない と?」
「はい、むしろ私の様な者など、閻魔殿秘書室第一秘書の純真様に不釣り合いかと、恐れ多い気持ちでございます。」
「清廉女史、その様な事は、決して御座いません! かくもご立派な御両親の下で成長された上、天界の入口での仕事ぶりなど垣間見る限り、不釣り合いなどという事など有ろう筈がありません。」
「秘書さん、あんた、嘘を言っちゃ駄目だよ。仕事ぶりを垣間見るなどと言うけれど、暇さえ有ればこの姉ちゃんを陰から覗いてたんじゃないのかい?」
「うっ・・・」
「どうやら、図星だな。」
「はっはっは・・ まさに恐れを知らぬとは、彼の事ですな。想わぬ時の氏神が現れた。清廉、そういう事だから、お前は、お母さんと早速に何か純真様のお口に召すものを用意しなさい。そこの死人よ。お前も同席する事を特別に許す。但し、食卓は別じゃ。」
「これは、ありがとうございます。いえね、ちょうどサルと食事を始めようかとしていたところで、お二人さんが待っているのを急に思い出しまして席を起って戻ったもので・・ もう、お腹がペコペコです。俺としては、願ってもない朗報です~」
「これ! 気安く話すのは慎みなさい!」
「まあまあ・・ 純真様、今日だけは、この死人を自由にさせてやったらどうですか。ところで、死人よ、今、お前が話したサルとは、一体誰じゃ?」
「はい、人間界では、豊臣秀吉と呼ばれていた者でして、俺が散策中に出会った奴です。」
「なるほど・・ 純真様、それは・・あの毘沙門天様のお気に入りと噂の・・?」
「はい、左様で。」
「そうですか・・ そのサルに、この死人が会って、話した・・」
「どうも、その様です。・・清直様、何か・・?」
「その件に付いては、また後日・・」
「・・」
「ところで死人よ、食事の席にその姿では些か清潔感がない。食卓に着く前に身体を清めなさい。」
「はい。じゃあ、風呂にでも浸かって汗を流させて頂きます。」
「死人よ、庭先の水道を使って垢を流す様に。」
「え~・・ 水は、冷たいでしょうね・・ 風邪でも引いたらどうしよう・・」
「大丈夫です、一二三院四五六居士。お前は、風邪など引きませんから、安心して清直様の御厚意に甘えて水を使わせて頂きなさい。清直様、この死人は、人類初めての本物のバカではないかと思われる節があるのです。この死人は、生前一度も風邪の症状を見せず、高熱を出したのは知恵熱を催した一度だけとか。従いまして、閻魔殿での審判が終わり次第、天界人体研究所へ送る様になると思います。」
「そうですか。それは、稀少変異種ですな。益々、水道で垢を流すことをお勧めします。」
「はい、左様で・・ 一二三院四五六居士、早く身体を綺麗にして下さい。」
「秘書さん、さっきから黙って聞いてりゃ、俺は、近い将来モルモットになるのか?」
「モルモットだなどと・・ 只、その身体を解剖して、あなたの身体的構造を詳しく調べるだけです。ひと通り調べた後は、また元通りに再生されますから何の心配も要りません。」
「冗談じゃない。俺の身体を切り刻むなんて、この天界では、そんな事を平気でやるのかい。俺は、嫌だ。絶対に受け入れられない!」
「あなたが承諾しようとすまいと、恐らく閻魔様は、まず、あなたを研究所に送られるでしょう。何しろ、人類初の本当のバカかも知れないのですから。」
「俺はバカじゃないと、さっき主倍津阿センセが言ったじゃないか。」
「精神的分析と物理的分析は、目的を異にしています。」
「どちらにしたって、俺は切り刻まれるって事かい。じゃあ、身体など洗わない。これから始まる食べたつもりで満腹感を味わう食事も要らない。」
「先程は、空腹を訴えていたのでは・・?」
「そりゃ、そうだが、事情が急に変わるんだもの。はいそうですか、では頂きますと素直に言える訳がないだろう。おまけに、暖かい風呂に浸かるのまで拒絶されて、冷た~い水道の水を使えだなんて・・」
作品名:天界での展開 (3) 作家名:荏田みつぎ