Thorntail
「その気持ちは、よく分かるよ。連中はこういうことをよくやるんだ。今、試されてるのは何だと思う?」
高城の質問に対する答えは、すでに戸田の頭の中に浮かんでいるようだった。高城は念を押すように続けた。
「お前の忠誠心だよ」
ノートパソコンの画面を指して、高城は言った。
「見えるか? 今は、運転手しかいない」
高城は、戸田の目がディスプレイに注意を向けるのを待った。テーブルの上のコーヒーは、もう湯気を立てるのをやめていて、真っ黒の液体が天井の灯りを閉じ込めるように、光を跳ね返していた。水の音が意識に割り込んできたとき、戸田は言った。
「そうですね」
「周りに、隠れる場所はない。つまり、正面にはひとりしかいないんだ」
実際、その通りだった。高城は、戸田に言った。
「助けは当てにできない。イングラムには五発残ってる。手持ちのカードはこれだけだ」
戸田はうなずいた。高城はその肩をぽんと叩いた。
「おれは実戦経験が長い。安心しろ」
ノートパソコンを手に取ると、高城は戸田を連れて二階に上がり、スマートフォンを手に持ったまま目を泳がせている早紀に言った。
「早紀ちゃん、シャッターだけど、個別に開けることはできる?」
「内側からなら、手で押し上げられます」
早紀はシャッターの内鍵を指差した。二階の窓の内、正面に面していない角度のもの。高城は、戸田に言った。
「おれは、カメラで運転手の気が逸れているタイミングを指示する。スカイラインに乗って、エンジンをかけて、メルセデスに突っ込め。できるか? 電話を繋ぎっぱなしにしとくんだ」
戸田は言われたとおりにスマートフォンを取り出した。高城が鳴らすと、派手な着信音が一瞬鳴り、戸田は通話ボタンを押した。
「このままにしとけよ。絶対切るな」
高城はそう言って、ノートパソコンのディスプレイに目を向けた。運転手はおそらく、退屈している。これだけ他の人間が姿を現さないとなると、本当に二人なのかもしれない。進入路がないことを確認した助手席の人間が帰ってくるまでに、ケリをつけなければならない。戸田がシャッターの内鍵に手をかけていることに気づいた高城は、ディスプレイを見たままうなずいた。
「今なら大丈夫だ。静かに出ろよ」
高城は早紀の方を向いて、浴室を指差した。
「バスタブの中に入って、頭を庇って」
早紀が言われた通りに駆け出していき、戸田が覚悟を決めたようにシャッターを押し上げ、二階の屋根に足を下ろした。靴下だから、ほとんど音は鳴らなかった。シャッターをゆっくりと下ろした後、高城はスマートフォンを耳に当てた。
「聞こえるか?」
「はい」
「一階まで降りろ。できるだけ静かに。降りたら、スカイラインにできるだけ近づけ」
外でがさがさと音が鳴ったが、運転手は耳栓でもしているように、全く反応しなかった。シルビアに全く付いてこられなかった運転技術からしても、大した相手ではないのかもしれない。高城がそう思ったとき、ディスプレイの端から人影が現れた。もうひとりが帰ってきた。高城は、そのシルエットに注目した。覆面を被っているが、右手にはライフルを持っている。カラシニコフの亜種だが、湾曲した弾倉は大口径のものだ。運転手に向かって首を横に振っている。高城はスマートフォンを耳から離した。実戦経験が長いから分かること。それは、この規模の家屋の偵察に要する時間。カラシニコフを持った男がメルセデスまで戻る途中で、高城はスマートフォンの通話を切り、もう一度鳴らした。家の中にいても分かるぐらいの音量で着信音が鳴り、白黒の映像の中でカラシニコフの男が振り返った。運転席の男が降りて、左手に持った拳銃を持ち上げた。騒がしい足音が近づいてきて、真下でカラシニコフの銃声が立て続けに鳴った。大前提として、モズに常識や義理人情は通用しない。その部分が欠けているから、何年も続けていられるのだ。おれは、モズを辞めて海外に出たい。諦めた四年前はあまりに無力だったが、今は違う。
相手は二人。ひとりは拳銃、ひとりはカラシニコフ。高城はひと息つくと、ディスプレイを眺めた。煙を吐くカラシニコフを持った男が恨めしそうに家を振り返り、隙がないか探っている。シャッターを少しだけ持ち上げて一階に視線を落とすと、仰向けに倒れた戸田が見えた。浜井と馬淵がやってくるまでにケリをつけなければならない。この家の近辺に待機場所はないから、最短でも一時間はかかる。鉢合わせするまでに、うまく逃げ出せれば。イングラムは戸田に握らせればいいだろう。副業をやっていたのだから、装備を売りさばいていても不思議じゃない。そしてスカイラインの鍵は、戸田のポケットの中にある。カメラの映像を見ると、二人とも車から降りたままだった。運転手の方は、拳銃をホルスターに収めている。高城は一階に下りると、戸田が倒れている位置に最も近いシャッターに近づき、手で押し上げると、傘を差し込んで支えた。イングラムを持ったまま外に出て、戸田の死体からスカイラインの鍵を回収すると、身を低くしたままスカイラインの真後ろまで移動し、カラシニコフの男を確認しようとしたが、運転手の足元がかすかに見えるだけだった。足の角度を観察して、少なくともひとりはこちらを向いていないことを確信すると、高城は体を大きく左にずらせてから、立ち上がった。カラシニコフの男が十メートル先に見え、雑な造りのサイトに頭が重なるのと同時に、引き金を引いた。耳のすぐ後ろに三八〇ACPが吸い込まれ、上から吊っていた糸を切られたように、カラシニコフの男が地面に崩れ落ちた。運転手の左手が動き始めたのは、高城が姿を現した瞬間とほぼ同時で、高城が銃口を振り向けるよりも早く、二発がスカイラインの天井を掠めて壁に突き刺さった。高城は素早く下がりながら、考えた。自分ならどうするか。仲間が落としたカラシニコフを拾うだろう。拳銃だけで突っ込むことはない。福住には、そう教わった。高城は二発撃って牽制すると、開いたままになっているシャッターをくぐって部屋の中に戻った。あと二発。この入口に釣られて来るとは思えないが、それは相手の資質による。しかし相手からすれば、ここ以外に突破口はないのだ。二階へ上がる階段の踊り場に屈むと、高城は台所を見下ろした。入って来るなら、まずは銃口が見えるはずだ。家の中で殺せるとしたら、その方が好都合だ。
高城は浴室のある辺りを見上げた。問題は、全てを見ている早紀だ。黙るだけの理由を作るのは、難しい。悪い意味で、何も知らなすぎる。