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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Thorntail

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 母娘が住む白井家は自然と一体になったような造りで、海と川に挟まれている。手術で使うために川の水の一部を引いているから、家の中を川が流れているように見える。四年前の記憶を辿っていると、午前三時になっていた。あの二人は印象に残っている。高城は眠気とは関係なく重くなる瞼を押さえた。おれは当時、人を殺すことに慣れ切った辺りだった。それ自体は今も変わらないが、意識してやっていたことが頭に完全に吸収され、意識したら逆にできなくなる、逆転現象のようなことが起きていた。自分の顔を知りながら、今でも生きている人間。それが怖くなり始めたのも、同じ頃だった。装備の転売をしている内に海外の顔見知りが増えて、大口の案件に誘われるようになった。しかし、裕木が頭を吹き飛ばされるのを目の前で見て、海外へ出て行く気は逆に失せた。
 眠ることを諦めた高城は部屋から出て、一階ロビーの奥にあるゲームコーナーの空いた椅子に座った。電気が消えて真っ暗になったゲーム機が並ぶ中、非常灯の緑色の光が廊下に伸びている。しばらく座ったままでいると、コツコツと足音が聞こえてきて、非常灯の光が長い影に遮られた。今のヒバリは、先代の意地が悪そうだった『裕木の愛人』とは、全く違う。先代より若く、夜中でも隙を見せないように、緩くカールした髪は整えられている。ヒバリはゲームコーナーを覗き込むと、白い歯を見せて笑った。
「眠れませんか? お薬、用意しましょうか?」
「いや、大丈夫。あの、ちょっといいかな」
 高城が言うと、ヒバリは隣の筐体の前に置かれた丸椅子に腰かけた。非常灯が逆光になって、緑色の後光が差した。
「今日は、戸田と来たんだ」
「さっき、フロントでお会いしたばかりですよ」
 ヒバリは口元を押さえながら上品に笑った。高城は笑顔に釣られないよう口元に力を入れ、少し声を落とした。
「あのさ。戸田について、何か聞いてないか?」
「何か、というのは?」
 ヒバリは困ったように声のトーンを下げた。高城は、首を横に振った。
「なんだろうな。これはおれの勘なんだけど」
 戸田のよそよそしい態度は、今に始まった話ではない。しかし、カラスが放ったひと言もあって、どうしても気にかかってしまうことがある。
「あんた、戸田と付き合ってないか?」
 高城が言うと、ヒバリは首を傾げた。緑色の光が顔の右半分を照らして、人形のように整った顔に影を落とした。
「そのような交際は、禁止されています」
 ヒバリは淡々と言った。高城は小さく息をつくと、ゲーム機に少しだけ体重をかけて楽な姿勢になり、言った。
「おれと戸田は、昼までに白井家に行くことになってる」
「今の方が良ければ、お車の鍵を用意しますよ」
「いや、そういう話じゃないんだ。あんたの先代と付き合ってた、裕木って奴がいる。結局、頭を撃たれて死んだ。そのときも白井家に呼ばれたんだ。今回と同じだな」
「高城さんも、その場にいらっしゃったんですか?」
「いたよ。ちなみに、あんたの先代も行方不明だ」
 どうしてこんな簡単に言葉が飛び出すのか、自分でも分からない。息をつくと、高城はヒバリの言葉を待った。椅子を軋ませながら後ろを振り返ったヒバリは、緑色の光の帯に向かって話しかけるように、顔を背けたまま言った。
「戸田さんは、わたしに興味なんかありませんよ」
 高城がその表情を見ようと腰を浮かせて近づいたとき、ヒバリは突然向き直った。
「わたしは、高城さんに興味がありますけど」
 高城は氷の塊に触れたように思わず立ち上がり、ゲームコーナーから足早に出て、一度だけ振り返った。ヒバリの表情は暗闇に溶け込んで窺えなかったが、おそらく笑っているのだろう。このホテルの人間は、皆そうなのだ。
      
 朝九時、ロビーのソファでくつろぐ戸田に声を掛けて、高城はスカイラインの鍵を受け取った。夜勤終わりのヒバリは二人に頭を下げると、言った。
「いってらっしゃいませ」
 七七番に停められた、シルバーのスカイラインセダン。その助手席に乗り込むなり、高城は言った。
「今から行くのは、白井家だ。知ってるか?」
「ええ。話には聞いてます」
 戸田はエンジンをかけると、座席の位置を調節しながら、クラッチを踏み込んだ。走り出してしばらくは無言だったが、戸田がラジオのスイッチを触るのと同時に、高城は言った。
「お前、ヒバリに手を出してないだろうな」
「何を言ってるんです? そんなことしたら、何をされるか」
 戸田は呆れたように笑った。無駄に言葉が長いのは、少なくとも何かの接点があるからだろう。高城がラジオのボリュームを上げると、戸田が緊張を少し解いたのが分かった。
「いや、ヒバリさんって愛想いいじゃないですか。でも、僕から行くことはないですよ」
「相手から来ても、きっぱり断れよ。裕木の話は、前にしただろ?」
「はい」
 あの『ヒバリ』は見境がない。モズのことを、自分が退屈しないためのおもちゃぐらいにしか、思っていないのだろう。そして戸田は、自分が見張られているということを、想像すらしていないように感じる。四年前は、白井家に寄った日に海外へ逃げることを諦めた。今回は逆の結果に終わりそうだ。もしかしたら、これで終わりにできるかもしれない。自分の顔を知る人間がいない土地へ。頭の中ではそんなことを想像していても、うねる山道は海沿いへ続いていき、一時間ほど走ったところで、白井家の蔦が絡まる外壁が目に入った。戸田は砂利敷きの車回しでスカイラインを転回させると、バックで玄関の近くまで寄せた。高城は助手席から降りてリュックサックを背負うと、戸田がレバーを引いて半開きになったトランクに手をかけて、大きく開けた。段ボール箱がひとつ。玄関の扉が開いて、水色のジャージを着込んだ早紀が手を振った。
「こんにちは」
 四年前にテーブルの下に隠れたときは、中学生になったばかりだと言っていた。ということは、今は高校生になっている。高城が小さく頭を下げると、早紀は高城の隣に立って、段ボール箱を見下ろした。
「中身とか気になります? 多分、麻酔ですよ。中へどうぞ」
 早紀は自分の手で段ボール箱を持ち上げると、家の中に戻っていった。高城は玄関に上がるとき、貴美子のピンヒールがないことに気づいて、言った。
「お母さんは、出てるの?」
「はい、今日はいません」
 高城は振り返り、戸田を手招きした。戸田は早紀に向かって頭を下げると、玄関に入って後ろ手にドアを閉めた。
「自分、ここに来るのは初めてです。怪我とかは、したことなくて」
 早紀は段ボール箱を廊下に置くと、戸田を振り返りながら言った。
「怪我がないのが一番ですよ」
 高城は廊下に上がり、木の床を踏みしめながら四年前の記憶を呼び起こそうとした。そもそも、早紀が高校生になっているのだから、その時点で違う。
「高城さん、わたしが中学生だったときに、一度来てますよね?」
 台所でポットのお湯を再沸騰させながら、早紀が言った。高城はリュックサックを床に置きながら、うなずいた。
「そうだね。今は高校生?」
「はい。十七なんで、二年です。ホームスクールなんで、関係ないかも」
 早紀がコーヒーカップを三つ出したとき、戸田が高城に耳打ちした。
作品名:Thorntail 作家名:オオサカタロウ