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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Thorntail

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 高城は、もう一度ミラーに視線を向けた。メルセデスのドライバーが一瞬にしろ、こちらの顔を視認していたら。この手の仕事を任されるドライバーは、記憶力も動体視力もずば抜けている。もしシルビアに乗る二人組の特徴が広まれば、車だけでなく、乗っていた人間も標的になる。七年前、ひとり目を殺す前に感じていたのは、これから『人を殺した』という事実とずっと付き合っていくのだろうという、覚悟のような感情だった。それが年々、殺さなかった人間の方が気にかかるようになってきている。今までに、誰とどんな会話を交わして、誰と車に乗ったか。もう、その糸が辿れなくなった人間たち。ひとつでも絡まったり、ほつれたりしたら。高城は、ほとんど平らな地平線のように見える殺風景な街並みに視線を向けた。戸田と打ち合わせをしたのは、パールという名前の古い喫茶店。イングラムとシルビアを用意したのは、金井オートサービス。弾はトランクに五十発入りの箱が二つ入っていた。パールの店主は、一週間前に立ち寄った高城と戸田が何の話をしていたのかは知らないし、金井オートサービスの工場長は、イングラムとシルビアを送り出したら、その行方は追わない。知りたがらないというのが、正確なところ。ホテルの地下駐車場で待っているカラスは、車ごと引き取って、死体を処理したら解体屋から人を呼ぶ。今回は死体を残しているから、車を掃除して解体屋に連絡を入れるだけだ。ただ、二十七個の薬莢も回収することになるだろうから、そのときにカラスは薬莢だけが転がった車内を見て、銃本体がないということに気づくはずだが、おそらく誰にも言わない。そうやって皆が目を瞑っているから、銃本体はこちらの『臨時収入』になる。整備されたイングラムにどれぐらいの値がつくのかは、市場に出してみないと分からない。ただ、今までにそうやって得た収入は、口座の中身の半分近くを占めていた。ルールには反しているが、海外に進出するためには、金が要るのだ。
 旅館跡を通り過ぎて、ホテルの灯りが見えてきたとき、戸田がギアを三速に落とした。高城は、リュックサックの中にしまい込んだイングラムの位置を少し調整した。地下駐車場のブルーシートはどけられていて、中から蛍光灯の青白い光が漏れている。カラスは、明るい茶髪をショートカットにしている細身の女で、低血糖だからいつも飴玉を転がしている。年齢は二十一歳で、言動は軽いが、基本的にはホテル側の人間だ。笑っていても、喜怒哀楽と連動しているとは限らない。これから死ぬ運命にある人間が希望に満ちたひと言を口にしとしても、同じように笑う。高城が助手席から降りると、グレーのエプロンを巻いたカラスがひらひらと手を振った。
「おかえりなさい、ご無事でなにより」
「こんばんは」
 高城が言うと、戸田がエンジンを切って運転席から降りた。カラスは判で押したように同じ挨拶を繰り返すと、傷ひとつないシルビアの周りをぐるりと歩いた。
「車も無傷っすか」
 か細い声に、飴玉を転がす音が混じる。高城が頷くと、カラスはドアを開けた。シートの隙間やレッグスペースに薬莢が落ちていることに気づき、顔をしかめた。高城は先に言った。
「二十七個あるはずだ。死体はない」
「ご丁寧にあざす」
 カラスはエプロンを脱ぐと、戸田の顔を覗き込んだ。
「元気ないすね。ヒバリなら、夜勤っすよ」
「え? そうなんですか」
 戸田はドライバーだから、人を殺したことはない。鼻歌を歌いながら死体を解体するカラスの目をまっすぐ見返して、普通の人間のように会話を交わすには、それなりの経験が必要だ。高城が助け船を出そうとしたとき、カラスは関心をなくしたようにそっぽを向いて、高城に言った。
「食堂に寄ってくださいって、ヒバリから伝言です」
「戸田もか?」
「いえ、高城さんだけ」
 ロビーに上がり、電気がほとんど落ちたラウンジを通り過ぎる。フロントで鍵を受け取って、戸田が先にエレベータに乗り込むのを見送ると、高城は従業員用の食堂まで歩いた。電気が半分だけ点けられていて、厨房から離れた四人席にアザミが座っているのが見えた。企業で言えば、人事に相当する。三十代に入ったはずだが、その見た目は卒業式の日に初めてスーツを着た高校生のようだ。向かいに座った高城に、アザミは黒縁眼鏡の奥にある大きな目を向けて言った。
「明日一日、戸田さんを見張って」
 アザミは常に単刀直入だ。テーブルの端に置かれたミュージックプレイヤーに繋がるイヤホンからは、古い曲が音漏れしている。機嫌を窺う必要はないが、それが何の曲か気づいた高城は、言った。
「ヤングラブですか。誰でしたっけ」
「タブハンターだよ」
 アザミは本題から逃げ回る高城をからかうように、口角を上げて笑った。
「ホテルは緊張する?」
「まあ、久々なんで」
 高城がそう言ったとき、アザミは表情を切り替えた。
「七七番に停まってるスカイラインで、昼までに白井さんのところへ連れて行って。トランクの中の物を渡してほしい」
 白井家は海沿いに建つ豪奢な一軒家で、改装される前はレストランだった。外科医の貴美子と娘の早紀が、二人で住んでいる。四年前にも行ったことがあった。思い出したくない、忌まわしい記憶。当時、二十歳になったばかりだったが、組んでいた裕木はひと回り年上だった。裕木の決まり文句は『ヒバリと出て行く。おれはやめるよ』という、希望に満ちた言葉だった。ヒバリは連絡係だから、ホテルに住み込みで働いている『あっち側』の人間の中で、最も人と接触する。当時『ヒバリ』の役割を担当していたのは二十代の派手な女で、意地悪な雰囲気があった。高城自身は、銃や装備の転売が軌道に乗ったところで、あまり真剣には聞いていなかった。だから、白井家に出向いたときは、そこに『お迎え』がやって来るとは考えてもいなかった。ただ、預けるものがあるから二人で行くよう言われただけだ。夕方になって、コーヒーを飲みながら貴美子と雑談していたとき、軒先に車が停まって運転手が降り、裕木が出て行って、車回しで頭を撃たれて死んだ。理由は誰も語らないが、ヒバリに手をつけたからだろう。
 アザミから解放されて、エレベーターに乗り込んだ高城は、部屋まで続く薄暗い廊下を歩きながら思い出していた。当時、中学校に上がったばかりの早紀は、銃声に飛び上がってコーヒーをひっくり返し、テーブルの下に隠れた。同じ目線の位置まで屈みこんで、『こっちには飛んでこないよ』と言いながら落ち着かせたことを覚えている。貴美子は冷静でいながら、その目はうんざりしているように鈍い光を跳ね返していた。その手は、モズの折れた骨や開いた傷口を、何事もなかったように元に戻す。もちろん、逆も可能だ。貴美子には、四十半ばには見えない若々しさと、ため息交じりの厭世的な表情が混在している。
作品名:Thorntail 作家名:オオサカタロウ