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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(1)~(11)

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第十一話 お寿司と裏長屋







湯屋から帰ると、おかねさんは「食事にしよう」と言って俺を連れ出した。

江戸時代の人ってお昼に何を食べたのかな。俺たちの時代の昼食と言えば、牛丼、天丼、ハンバーガーと様々だけど、この時代なら和食一色だろう。

俺がそう考えているうちに、歩いている表通りは屋台ばかりになってきた。そこら一帯が人で賑わい、それぞれの屋台の看板は、「煮売茶屋」、「うどん」、「一膳飯屋」、「団子」など、さまざまだ。

どれを食べるんだろうな。そういえば、鰻とか天ぷら、蕎麦屋なんかが見当たらないな。この辺りにはないのかな?

「ねえお前さん、寿司なんかいいんじゃないかね」

「え、お寿司ですか?」

確かに江戸時代は屋台のお寿司があったなんて聞いたことがある。一つ一つの握りがすごく大きくて、腹持ちがいいとか。

「おかねさんにお任せしますが、私はお寿司は好きですし、嬉しいです」

「そうかいそうかい。じゃあそうしよう」

ありがたいな。下男の身分で寿司を食べるなんて、なかなかあることじゃないぞ。

それにしても、俺は本当に下男なんだよな。まだあまり下男らしいこともせず、贅沢をさせてもらってばかりのような…。なんだか申し訳ないなあ。

そんなことを考えていると、おかねさんが「鮓・食すし」という看板を見つけ、俺たちはその屋台に引き寄せられていった。

「大将、やってるかい」

「あいよ、なんにします?」

「何があるんだい」

「そうねえ、鯵と鰯のほかは、貝でさぁ」

「じゃあ鯵と浅利を二人前ずついただきたいね。それから、一本だけぬる燗をつけておくれ」

「あい、ちょいとお待ちを」

おかねさんと店主がそんなやり取りをしてからすぐに「ぬる燗」なのだろう日本酒の徳利が出されて、俺たちはちょっとだけ屋台の椅子に腰かけて待っていた。でも、運ばれてきたのは、俺が思っていたような寿司ではなかった。


それはお皿の上に笹の葉が一枚あり、どうやらその笹の葉はお寿司にくっついていたものなのか、材料の野菜の欠片がくっついていた。そう、野菜。それも意外だった。

ちょっとつぶれたお米の上に、鯵の切り身が押し付けられていて、その上にいちょう切りにされたにんじんや大根が、これまた押し付けられている。浅利の方も同じだった。

そのお寿司は、もしかしたら、今で言う「押寿司」に近いものだったかもしれない。俺は驚いたままで、「大将」から丸箸を渡され、一口食べてみた。

なんだろう、ちょっと酸っぱいのはやっぱりお酢なんだろうけど、普通のお寿司にはない、旨味みたいな酸味があるな。くたっとしているけど、意外と美味しいかも。

「美味しいかい?」

「はい」

おかねさんも美味しそうにそのお寿司を食べて、食べ終わる頃にはお酒もなくなっていた。

「食べ終わったね。大将、いくらだい」

「四十文で」

「あいよ、じゃあこれでね」

「ありがとうぞんじます」



おなかも心地よく満たされ、俺たちは屋台を後にした。

「あー、家に帰ったらまたお稽古だよ。まったく若旦那だの芸狂いだのはさ、おだてておけばもちろん金になるんだろうけど、どうも気構えのなってない奴らが多くて困ってるのさ」

おかねさんはそう愚痴をこぼしている。それにしても、俺は少し気になっていることがあった。

お稽古事って娘さんがほとんどって思ってたけど、どうしてそんなに男の人が来るんだろう?

まあ、それは見てれば追々わかるかな。

「そうそう。うちに帰ったらあたしは稽古をつけるけど、その前にお前さんは長屋の皆さんに挨拶をして、すぐに掃除をしたら、明日の分のお米を研いで、洗濯をしておくれな。あたしの稽古は夕には終わるから、それまでに頼むよ」

「は、はい!」

帰ったら俺はやることがたくさんだ。それに、長屋の住民の人に挨拶って、緊張するなあ。でも、昔は近所付き合いとかが重要だったみたいだし、頑張らないと!


って、俺…やっぱ元の時代には帰れないの…?


…そのうち考えよう。今は気にしても仕方ない。おかねさんに恥をかかせるわけにいかないし、きちんときちんと!


俺はなんとなくしゃっちょこばっていたような気もするけど、十分に気を引き締めて事に望んだ。