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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(1)~(11)

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奥に続く入口を抜けると、中は薄暗くて、人が居てもどんな人なのか見分けるのも難しかった。それに、すごく蒸し暑い。蒸気に取り巻かれているようだ。でも、そこにはやっぱり背の低い浴槽があって、みんながお風呂に浸かっている。

うんうん。やっぱり日本人はゆったりお風呂に浸からなくちゃなあ。

俺が入った時には浴槽はいくぶんすいていたみたいだったので、小声で「すみません、失礼します」と声を掛け、お風呂に足を入れる。

「いっ!?」

思わず俺は叫んで、湯に入れた足を慌ててひっこめた。


なにこれ!すんごい熱い!ありえない温度だ!こんなのお風呂じゃない!罰ゲームだぞ!?


でも、俺意外の人はみんな黙ってお湯に浸かっていたし、俺が熱くて入れなかったことがわかったんだろう、お風呂の中で誰か女の人が笑っていた。

俺はそこで、ここぞという負けん気を出した。笑われっぱなしでたまるか!

もう一度おそるおそる入ったお湯はやっぱりとてつもなく熱くて、ゆうに四十五度は超えているんじゃないかと思った。でもなんとかそこへ体を沈めて座ってみると、幸い、お湯の深さは膝のあたりまでしかなかった。

しばらくがまんをしてみたけど、やっぱり途中でたまらなくなって、俺はへろへろになりながら、なんとか湯から上がって、すぐに脱衣所に戻ろうとした。すると、また後ろから誰かが叫ぶ。

「おい!おめえさんよ!」

振り返ると、さっきの男の人だった。でも、さっきもちょっと思ったけど、この人どこかで見たことがあるな。その人は俺に近寄ってきて、肩に手を置くとにかっと笑った。

「おめえ、師匠のところにいた行き倒れだろう。秋兵衛さんって言ったかい。ところで、上がるんなら上がり湯を掛けてけよ」

「え、は、はい。すみません…」

俺は、熱すぎる湯からやっと解放されたばかりで頭がくらくらしていて、「ああ、この人は「栄さん」だったか」と思っても、まともに話もできなかった。



俺も栄さんも上がり湯を浴びて、それから脱衣所に戻ると、服を着る。おかねさんはまだ居なかったけど、他にもたくさん女性は居るので、その人たちを見ないようにするので俺は精一杯だった。

栄さんとちょっと目が合った時、栄さんは俺が女性たちを気にしているのをからかいたがるように、にやにやしていたように見えた。




「ああ~いいお湯だった。すっかり温まったよ」

俺が湯屋の表で待っていて、そろそろおなかがすいてきたなと思っていると、おかねさんがやっと湯屋ののれんから出てきた。そして俺を見ると、彼女は急に笑い出す。

「ど、どうしたんですか?」

「いやいや悪いね笑っちまって。でもさ、おっかしいねえ。あたしゃ思い出しちまったよ。お湯に足を入れた時のお前さんの声ったらさあ」

「えっ…!」

じゃああの時笑っていた女の人は、おかねさんだったのか!

俺は恥ずかしいから顔が熱くて、それからちょっと複雑な気分になった。


俺はすごく気にしていたのに、彼女にとって俺は、同じ風呂に入ろうが何をしようが、どうでもいいんだろうな、と思って。


「何も笑わなくてもいいじゃないですか…」

「いやあ、すまない、悪かったね。ま、でも江戸の男なら、「ちょっとぬるいんじゃねえのかい」くらいは言えるようになっておくれよ」



江戸の男は、大変だ。