元禄浪漫紀行(1)~(11)
第十話 湯屋と男とやせがまん
俺とおかねさんは湯屋、今で言う銭湯に向かって歩いていたけど、すぐ着いた。
「近くにあるならいいですね。覚えておきます」
「なに言ってんだい。湯屋なんて一町に一軒はあるもんだよ。じゃあ行くよ」
おかねさんがそう言って、俺たちはのれんをくぐる。その時、俺はびっくりして叫びそうになってしまった。
もちろん銭湯だから番台はある。でも、俺の居た時代には、番台の前を通り過ぎてのれんをくぐると、男女別の脱衣所があったはずだった。
でもそこは、番台の向こう側にある脱衣所と洗い場がまるっきり丸見えで、しかも脱衣所では、男女が入り乱れてみんな服を脱いでいた。
それに、男性も女性も全然恥ずかしがるふうでもなく、普通にさっさと服を脱いで洗い場に向かったり、さらにちょっとした喧嘩まで起きていたのだ。しかも、喧嘩をしているのは女性二人だ。
なんだこれ!混浴なんてレベルのものじゃないじゃないか!今からこの中で服を脱いで、お風呂に入れって言うのか!?
俺がパニックを起こしそうになりながらもなんとか番台の前に行くと、おかねさんは「はい十文。それからぬか袋を一つもらっていくから、あと六文だね」と、番台に座っているお姉さんにお金を渡していた。
俺はよっぽど帰りたかったけど、体を汚くしていてはおかねさんが嫌がるかもしれないし、仕方なく番台で同じように湯銭を払って「ぬか袋」というものをもらった。
ところで、この「ぬか袋」って何に使うんだ?
俺とおかねさんはもちろん同時に服を脱いだけど、俺は意地でも彼女の方は向かなかった。でも、男性はふんどしまでは脱がないみたいだし、女性も下半身は布を巻きつけている。俺はうつむいていることしかできなかった。
洗い場では、なぜか普通に着物を着て、裸の誰かの体をゴシゴシと洗ってあげている人が居た。あれも職業なのかな?なんか大変そうだ。
俺はとにかく緊張していたけど、途中であることに気づいた。湯舟が見当たらないのだ。
“もしかしてこの頃はまだ蒸し風呂なのかな?”と思っていたら、奥に向かってお客が入っていく、背の低い入口があるのを俺は見つけた。
綺麗な絵が描かれた壁があるなあと思っていたものの下を、全員がくぐって、薄暗い中へ入っていく。
もしかして、あの向こうに湯舟があるかも!
俺がそう思ってその中へ行ってみようと洗い場で立ち上がると、隣に居た男の人から声を掛けられた。
「おいおめえ、ぬか袋があるんなら洗ってから湯へ入れよ」
「え、あ、ありがとうございます。忘れてました」
「へっ、粗忽な野郎だ」
こ、怖い…。なんか見たところ職人さんみたいな感じのする若い男の人だけど、怒ってるみたいだし、目なんかぎらぎらしてて、怖い…!
とにかく俺はぬか袋が体を洗うものだと知ったので、まずはそれを体にこすりつけてみた。するとまた隣の男の人が怒り出す。
「ええい、じれってえ野郎だな!水で湿すんだよ!あっちにかけ湯がある!それぇ汲んで来い!」
「は、はい!すみません!」
俺は怒鳴りつけられたので、逃げるようにかけ湯を汲むらしき場所へ、手桶を持って急いだ。
親切で教えてくれるのはありがたいんだけど、いちいち怒らないでください!
そして俺はぬか袋を水に浸して、くしゅくしゅと揉んでみた。すると中から白い粉が溶け出してくるようだったので、それを十分に体へこすりつけて、かけ湯のお湯で体を流した。
へえ…なんか、皮膚がつるつるになった気がする…心なしか、色も白くなったような?ぬか袋ってすごいなあ。
隣に居て、何やら毛抜きのようなもので頭の手入れをしていたらしい男の人にお礼を言い、俺は奥に続く低い入口をくぐった。
どうでもいいけど、髪を洗っている人が一人も居なかったな。まあ、こんなふうに結い上げられた髪をほどいて洗うのも、もう一度結うのも面倒だもんなあ…。
作品名:元禄浪漫紀行(1)~(11) 作家名:桐生甘太郎