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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(1)~(11)

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それから大家さんの前で俺は、目が覚めたら日本橋に居たことを話し、「少しはものもわかるけど、わからないことが多い。それから、自分が「秋兵衛」という名前であることはわかるけど、生まれや育ちのことは覚えていない」というように話した。

俺のその話を聞くと、大家さんは俺が何度も見てきたあの同情をするような顔になって、何度か頷く。

「そうかい、そうかい。そりゃ困ることも多いだろう。でもおかねさん、心配しなくてもいい。この方はちゃんとした方だよ。じゃあ届け出はあたしが奉行所にしておく。何かあったら知らせるけど、まあ大丈夫だろう。うちの町内の行き倒れということにしておくから、おかねさん、お前さん引き受けてくれるかい」

「はい。きっと」

俺が見た限り、その時そこでは、何か大切な取り決めがなされたように見えた。もしかして、この時代の大家さんというのは、奉行所に住民の身元を届け出たり、行き倒れの世話をしなければいけなかったのだろうか。だとすると、「何も覚えていない行き倒れ」で話が通るのか、俺は不安だった。

そこでよくお礼を言って、俺はおかねさんと一緒に頭を下げ、大家さんの家を出た。





帰る道々、おかねさんは心配事がなくなったように、晴れやかな顔をしていた。

「ああ。これでお前さんはやっとうちの下男として、長屋の住民になれるよ。じゃあそうだねえ、昼の前に湯屋でも行こう」

「え、もうお風呂に入るんですか?」

「なんだい、「お風呂」なんて田舎者みたいな言い方してさ。湯屋なんて一日になんべんも行くじゃないか」

えっ?そうなの?江戸時代の人ってそんなに何回もお風呂に入ったのか。意外と清潔好きなんだな。

「じゃあお前さんに湯銭を持たせておかないとね。ぬか袋も買うだろうから、少し多めに渡しておくよ」

そう言っておかねさんは懐から財布を取り出し、お金を数えていた。俺はその時、初めて間近で江戸時代のお金を見た。

うわあ、ほんとに穴が開いてて、文字が彫ってある…。

「うん。二十文もあればいいだろう。はい、じゃあこれだよ」

「はい、ありがとうございます」

俺が受け取った銅銭は、ちょっと確認してみたところ、二種類あったみたいだ。でも、どうも違いがわからない。

「あの、これは…」

俺がそう言って聞こうとすると、おかねさんはまたくすくすと笑った。

「なんだいお前さん。こりゃいよいよ御大尽だねえ。銭も見たことないのかい?これが四文。こっちが一文さ。ちょっと半端になっちまったけど、釣りはもらっておくれよ」

「あ、はい、ありがとうございます…」

俺がしげしげと銅銭を手に乗せて眺めていると、おかねさんは「こら、銭は早くしまうもんだよ。袂に入れちまいな」とちょっと俺を叱った。