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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(1)~(11)

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俺は、「いいえ」と言いたかった。だってそう言わなければ、ややもすれば「無用者」として追い出されてしまうことだってありうるからだ。

しかし俺が無言でしばらく悩んでいたからおかねさんは察したのか、大きくため息を吐く。俺は申し訳なくて、うつむくしかできなかった。

すると、不意に俺の右手がむずと掴まれ、へっついの上にあった小さな石のようなものへ向けられた。

おかねさんは俺の手を取ってその石を握らせ、こう言った。

「これだよ。これが火打石」

「えっ…これが…」

俺は、火打石を見るのは初めてだった。それは、黒くてすべすべとしているけど、割られた面の端は鋭い。確かにこれなら打ち合わせたら火が出そうだ。

そしておかねさんは今度は俺の左手を取って、そばにあった刃の付いた木片のようなものを取らせた。


どうでもいいけど近い!近いですおかねさん!もう肩なんかくっついてるし!いい匂いするし!いや、冷静になれ、俺!


「それでね、これが火打ち金。これとこれを打ち合わせるんだよ。できるかい?やってごらん」

「あ、は、はい…」

おかねさんは手を放したので、俺はちょっと緊張したけど、火打ち金の刃物のようなところに、石を叩きつけてみた。すると、ぱちっと小さな火花が散る。

「あっ…!」

「できた!そうだよ、それでね…こっちにある火口(ほくち)。これにその火花を移すんだよ。もう一度やってごらんなね」

おかねさんはもう怒っていなくて、俺に優しく火の点け方を教えてくれた。


「火口」はガサガサとした黒い塊で、俺はそれに火花を移し、そしておかねさんの教える通りにその小さな火に息を吹きかけてから、「付木(つけぎ)」という小さな木片にその火を移してさらに大きくした。


「そうそう。できたじゃないかさ。それを竈に入れるんだよ。…あっと、いけない。薪を入れてないじゃないか!」

「す、すみません!」


慌てておかねさんが薪を持ってきて、それをへっついの中にくべて、俺はそこに付木を入れて火が起きた。

「さあ、これで覚えたろ?明日からは一人でできるね?」

おかねさんはそう言って得意げに、愉快そうに笑っていた。

「はい。ありがとうございます」

「そうそう、窓を開けなけりゃ。煙たくってしかたないよまったく…」

「えっ?窓?」

俺が見渡しても窓なんか見当たらなかったけど、おかねさんはへっついの脇にあった紐を引っ張る。すると、紐がするすると引かれていくにつれて、上から朝日が差してきた。

顔を上げると、天窓があった。

「わあ…」

俺は感心して思わず声を漏らした。

そうか、こうして煙を逃がすのか。確かにこうしないと、家じゅうに煙が充満してしまう。

「よく考えられてるなあ…」

俺がぼーっと突っ立っていると、おかねさんは「お米が炊けるまでお茶でも飲もう」と、俺を火鉢のそばに誘った。






「それにしても、火の起こし方まで知らないなんて、お前さんどっかの御大尽の家の生まれなんじゃないかい?」

「さあ…何せ、何もおぼえてなくて…」

俺はなるべくゆっくりと、悩んでいるふうにそう言った。ここで「未来から来た」なんて言っても、通じないだろうと思ったからだ。

おかねさんはそう言った俺をまた気の毒そうに見つめていたけど、しばらくして二度三度頷く。

「そうかい、そうかい…それじゃあ心細いだろうに…いいかい?安心おしよ?お前さんはちゃーんとあたしが面倒見るからさ」

俺はそれを聞いて、うつむいた格好だったところから顔を上げた。おかねさんは火鉢の横でちゃぶ台に向かって肘をつき、不安そうな顔で俺を見ている。

「はい、大丈夫です。ありがとうございます、おかねさん」

騙すような真似になるのが少しだけ心苦しかったけど、俺はおかねさんがもう一度元気を出して、お湯が沸いた鉄瓶を取ろうと火鉢に向かっている姿を見つめていて、満足だった。