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遊園地の普遍概念

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4:慣れ



 ああ、困ったことになった。

 何を困っているんだって? 君、悩みを聞いてくれるのかい。

 実はね、少し前のことなんだけど。一人の女性と知りあったんだ。
 その人は塔子さんという名前でね。つり上がった目がかわいくて、笑うと八重歯がとってもキュートな人なのさ。性格のほうも、明るくて優しくて、女神様もかくやというくらいすてきなんだ。それ以外にもたくさん、彼女の素晴らしいところはあるんだけど、ちょっと今急いでいるから割愛して。まあ、一言で言えば、妄想でも出会えないくらい、僕の好みの女性だったんだ。
 そんな女性を放っておくなんて、世の男性の誰もができっこないだろう。当然、僕も彼女とお近づきになりたいと思ったんだ。

 ん? その、お近づきになる方法を知りたいんだねって?
 違う違う。まだ、君の出番には早いよ。

 というわけで、ここ数日、僕は寝る間も惜しんで、彼女への口説き文句を考えたんだ。初デートは、考えに考えて遊園地にした。比較的無難だろうし、彼女も好きでよく行くなんて言っていたから。そうやって準備を周到に重ねて、とうとうデートに誘う日がやってきた。

 その日はとびきり上等な服をきて、何度も口の中で言葉を復唱して、目をしっかり見ることを忘れずにってずっと言い聞かせてたっけ。
 そして緊張の瞬間。目をそらさないように、セリフをかまないように、誠実に、なおかつやぼったくないように、僕は彼女をデートに誘ったんだ。彼女は少し考え込んだ後、いつもの八重歯がキラリと見える笑顔をしてくれた。そして、つり目を糸のように細くして、「いいよ」って言ってくれたんだ。
その後、彼女がはにかんでうつむいた瞬間の、僕の気持ちが分かるかい? 天にも昇る、だって? そんなもんじゃない。天国と極楽と桃源郷とシャングリラとニライカナイとその他諸々に一気に昇った気持ちだよ。
 でも、次の彼女の言葉が、僕を奈落のどん底に突き落としてくれたのさ。

「遊園地、楽しみー。あたし絶叫マシン大好きなんだ。一緒に乗ろっ」

 全くの計算外だった。
 彼女があんな恐ろしい絶叫マシンを好きだなんて。このときの僕の顔は、おそらく蒼白になっていただろう。でも、そこは何気ないふうを装って、こくりとうなずいておいたんだ。

 ここまで書けばもう分かるだろうけど、実は僕はあの手のアトラクションが大嫌いだ。乗る前からめまいが止まらないし、乗ってから動き出すまでのあの緊張感ときたら。心臓は早鐘のように打ち、胃袋の内容物はひっくり返したように暴れだすし、とても平静ではいられない。しかも、ここまではまだ序の口、そこからやっとマシンが動き出すんだ。上記のような状態で、上下左右にグルングルン動き回られたり、自由落下したりするんだよ。全く、あんなのに好んで乗るやつはろくな人間じゃないね、あ、塔子さんだけは別だけど。

 とにかく、一緒に乗ろうって約束をしてしまった以上、僕は絶叫マシンに乗らなきゃならない。でも、あからさまに乗る前に憂鬱な顔をしてたら、塔子さんに嫌われてしまうし、乗ってから気分が悪くなってたら、それだってきっと嫌われてしまうだろう。

 どうしたらいいだろうか。

 あ、いや、ここも相談するところじゃないんだ。なんとか、解決方法を見つけ出したんだよ。

 『慣れというものは恐ろしい』って言葉は聞いたことはあるかい?
 まあ、そのままの意味なんだけどさ。僕も、実感することがいろいろあるもんだから、これを応用できないかと考えたんだ。
 ここまできたら分かるだろう。デートの日まで、可能な限り絶叫マシンに乗って、慣れてしまおうと思ったんだ。
 それから僕は、デートまでの期間、毎日のように遊園地へ出向いていった。開園から閉園まで、一刻も早く絶叫マシンに慣れるために乗り続けたんだ。
 初日、二日目、三日目あたりまでの、足どりの重さったらなかったよ。本当に、地獄へ行くような気分だった。何かが少し変わってきたのは、四日目だった。何となくだけど、こなしていける、そんな気分になってきたんだ。
 実際、恐ろしい瞬間がここで来るなって分かっていると、それ相応に心の準備ができるみたいでね。もうその頃になってくると、恐怖を感じるポイントがどこかを、ほぼ把握できるようになっていたんだ。

 そしてデートの前日、僕はほぼ平常心で絶叫マシンに乗っていられるようになっていた。さあ、明日のデートを確実に成功させて、塔子さんのハートをゲットしないと。


 そう思って翌日起床し、僕はカーテンを開ける。すると、灰色の空からぽつりぽつりと滴るしずく。なんとデート当日、雨だったんだ。

 待ち合わせ場所にやってきた塔子さんは、雨でも快活だった。僕は彼女に、残念な気持ちを伝えて、代わりに映画に行こうと誘った。そうしたら塔子さん、意外なことを言ったんだ。

「あそこのアトラクション、雨でも乗れるから、行こう!」

 その言葉を聞いた僕は、しばしの間、固まっていた。

 冗談じゃない。
 絶叫マシンに慣れる練習はさんざんしてきたが、雨天時の絶叫マシンに慣れる練習は全くしていない。雨の中、あんなのに乗って、車輪が滑りでもしたらどうするんだ。それ以外にも、何らかのトラブルが起きたら……。
 僕はそれを言い出せず、塔子さんに手を引かれて遊園地へと向かったのだった。

 そのデートをちょうど終えて、今、返ってきたところなんだけどね。塔子さん、デート終わりに言ってくれたんだ。
「あなたのひきつってる顔、かわいかった。また今度違う遊園地に行こうね!」
って。もうさ、ほとほと困ってるんだけど、どうしたらいいと思う?


 ……っておい。何で黙って帰ろうとしてんだよ。なあ、おい、待てってば!


作品名:遊園地の普遍概念 作家名:六色塔