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遊園地の普遍概念

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2:社畜幽霊



 お化け屋敷でバイトなんかしていると、怖い話も得意なんじゃないかって?

 全然だよ、からっきしだめなんだ。いわゆる心霊スポットなんてところにも、あんまり行かないからな。
 そこを何とか、一つ話してくれよって? うーん、あんまり怖くなくていいのならあるけども……。


 昔、別の遊園地のお化け屋敷でバイトをしていたときのことだ。そこのお化け屋敷は、特別怖いことで有名だった。
 なぜかと言うと、その遊園地が建てられてた場所は、元々教会があったからなんだ。教会があったんなら別にいいじゃないか、そう思うかもしれない。でもその教会は、とても悲惨な歴史を持っていたんだよ。

 その教会は、ザビエルが日本に来てすぐの頃、建てられた由緒ある教会だった。その地を治めていたキリシタン大名の保護もあって、とても美しかったそうだ。
 でも戦国期が終わり、徳川の世になると、キリスト教は禁教とされてしまう。初めの方は、大名もうまいことやってキリスト教を黙認していた。しかし、次第に幕府からの圧力が厳しくなってくる。そこである日、大名は今後のキリスト教の信仰について説明するという触れを出し、信徒の者を全員例の教会に集めたんだ。

 この地に住む敬虔な信者たちは、皆この教会に集まった。今後の信仰についての、お上からの重要な説明だ、ちゃんと聞いておかなければ。よぼよぼのご老体から、数歳の子どもまで、信徒は皆、こぞって教会に集まった。
 そこで話を今か今かと待っていると、突然教会から火の手が上がった。慌てて避難しようとするが、扉も窓も全く開く気配がない。それもそのはず、全て大名が仕組んだ罠だったからだ。

 美麗な教会に閉じ込められた信徒は、燃えさかる教会ごと全員焼き殺されてしまった。文献によると、死者は320人ほどと書かれている。
 そんな死んでも死にきれないような人が320人もいれば、当然化けて出てくる者もいるだろう。案の定、そんなこの世に未練を持ったものが一人、時折化けて出てくるようになったんだ。
 そいつは若い女の幽霊で、必ず月に1回、午後2時半頃にお化け屋敷の出口近くに出てくる。そして2時間ほど、大名への恨みつらみを述べた後、スーッと消え去ってしまうんだ。

 始め、俺たちは彼女の存在に気づかなかった。

 みんな持ち場で幽霊の格好をしたり、脅かす準備をしたりしているから、出口近くに本物がいるなんて気づきようがなかったんだよ。だから、気づいたのは幽霊が出だして数カ月後のことだった。ネットで、「あそこのお化け屋敷、出口前に出てくるのがめちゃくちゃ怖い」という書き込みがいくつもあって、それでやっと気づいたんだ。

 そうなると、ちゃんと確認をせねばなるまい。ということで、バイトリーダーが代表して会うことになったんだ。


 リーダーは、幽霊が出てくると思われる日の2時頃から、出口前で待機していた。するとまもなく、あのおどろおどろしい音とともに、幽霊が現れる。顔中焼けただれ、恨みを込めた目でこちらを見つめ、大名への呪詛を口にする。気の弱い者が見たならば、腰を抜かすほどの恐ろしさだ。

 だが、幽霊慣れ(?)しているリーダーは、まず言ったんだ。
「うちでやるには、せめて週5で最低6時間は出てくれないと、困るんだけどね」
ピタリと幽霊の動きが止まり、何のことだとばかりに首を傾げる。そんな幽霊に、リーダーはなおも畳み掛けた。
「あと、出口の前じゃないほうがいいな。出る場所移動できるかい? あ、契約書も書いてもらわないと。時給の希望ある?」
「……」
幽霊側としても、奇妙なことを言ってくる男に戸惑ってしまったんだろうね。言われるがままに、契約書にサイン、じゃなくて血判しちゃったんだ。

 さあ、そうなると幽霊は一気に大変なことになる。いつも出てくる時間(それは恐らく、教会で焼け死んだ時間なんだろう)に関係なく、週5日、最低6時間、出続けなければならなくなったんだから。
 でも、彼女も始めの方は一生懸命やっていた。お金を貯めて、大名や幕府へ復讐をしようという一心でね。幽霊だから、食費とかもないし、住んでいるのもお化け屋敷だし、貯まるのも速い。
 でもある日、バイト仲間が教えちゃったんだよね。もう幕府は、大政を天皇に返上してしまっているし、大名もこの地を治めてはいないということをね。

 その日から、いや、その瞬間から幽霊はやる気を失くしちゃったんだ。あからさまに手を抜くようになり、時間になっても出てこないこともあった。

 だがバイトリーダーは、いわゆる意識高い系というやつだった。そういうやつだから、バイトリーダーになれたのかもしれない。必死に幽霊を叱咤激励し、ちゃんと来るようきつく言い募る。幽霊も仕方無しに、やる気のない中、一生懸命客を脅かす。でもやる気が出ないもんだから、幽霊、だんだんやつれてくる。やつれてくると、お客さんはなおのこと彼女を見て怯えるようになる。怯える客が増えると、成績が上がり、成績が上がると、バイトリーダーが潤う。より一層、幽霊に期待をかけるようになる。
 こんな負の連鎖というか、奇妙な相乗効果というかが発生するようになっちゃったんだ。

 その頃になると、俺たち人間のバイトは、もう既に客から怖がられなくなっていた。あとはバイトリーダーと本物の幽霊でやっていくから、ということで俺たちはみんなお払い箱になった。
 でもそこのお化け屋敷の評判は、今も上々なところを見ると、相変わらずそのリーダーと、すっかり社畜となった幽霊の二人で、やっているんだろうね。

 これでこの話は終わり。……あっと、一つだけ、言い忘れてたことがあった。

 実は最近調べて知ったんだけど、あのバイトリーダー、だました大名家の血を引いているんだそうだ。
 どうやら時代が変わっても、そういうところは変わらないようだね。


作品名:遊園地の普遍概念 作家名:六色塔