愛しの幽霊さま(11)~(14)
それから私は家に帰って、お母さんに頼んで古い電話帳を出してもらった。
うちにも、もう固定電話はない。スマートフォンの普及によって、それらは絶滅の危機だ。
でも、もうこれくらいしか手段はない。
私は電話帳を自室に持ってきてからスマートフォンを片手に、「茅野」という苗字の家に片っ端から電話を掛けた。そんなに多くなかったし。
「…はい、茅野です」
「すみません、お宅に時彦さんという息子さんはいらっしゃいますか?」
「いないですが…あなた誰?」
「すみません、失礼しました」
私は本当に失礼なこととは知りながらも、雪乃のために電話を掛け続けた。六件目の電話には、おばあさんが出た。
「はいはい、もしもし茅野です。どちら様でしょう?」
「すみませんが、お尋ねしたいことがあります。お宅に、時彦さんという息子さんはいらっしゃいますか?」
すると、すぐには返事はなく、電話の向こうで小さく高い声が唸るのが聴こえた。
「息子じゃなくてねぇ、孫なら時彦がおりますがねぇ…どうしたんです?時彦にまた何かあったんですか?」
当たった!
私はとにかく、心配でたまらないような様子になってしまったおばあさんをなんとかしようと思った。
「いえ、時彦さんの身には何もありません。ご心配はないんですが…私、恩田舞依といいます。私が、時彦さんと直接に話したいことがあるんです」
「はぁ…そうですか、何もないならよかったけど…それじゃあ時彦に伝言しますね、どう言えばいいかしら?」
人の好さそうなおばあさんはすっかり私の言うことを不審がらずに聞いてくれたので、私は自分のスマートフォンの番号を伝えて、「必ず伝えてください」と念を押し、丁寧にお礼を言って電話を切った。
これでよし。あとは電話が掛かってくるのを待つだけよ。
絶対に!けちょんけちょんに言ってやるんだから!
すると、その翌日の土曜日の昼過ぎに、私のスマートフォンが鳴って、相手側の知らない番号が表示された。
こいつだ!絶対そうだ!
私は緊張で震えてしまう手でスマートフォンを握り、ゆっくりと通話ボタンをタップして耳に当てた。
「…はい、もしもし」
電話の向こうはしばらく無音だったから、「いたずら電話?」とも思ったけど、私はしばらく待った。
“初めまして、茅野時彦です”
それは低くて優しげな男性の声だったけど、私は「だまされるもんか」と思って、とにかく叫びだしたいのを堪えて話を始める。
「あなた…あなたですね?茅野さん、まずはご退院おめでとうございます。それでね、私が誰かわからないと思うから説明するけど…!」
“ありがとう、知ってるよ。いつも雪乃ちゃんに勉強を教えてる舞依ちゃんでしょ”
私は一瞬で、「この人、多分全部知ってる!」と思い、思わず顔が熱くなった。でもそれならばと、私はそのあとは遠慮はしなかった。
「そうですか…知ってるんですね。じゃあ雪乃が今どうしてるのかも知ってますか?知らないでしょう!」
私はこう言ってから、思いっきり悪口を言ってやるつもりだった。
“…どうしてるの?”
いくらか不安そうな時彦さんとやらの声も構わず、私はついにわめきだす。
「家で泣いてるの!学校にも来ない!」
私がそう言った時、電話の向こうで小さく「えっ」という声がしたのも構わなかった。
「あなたのせいよ!雪乃にさんざん勘違いさせといて!現実では彼女がいたなんて!どうしてくれるのよ!」
すると、時彦さんとやらは黙り込んだ。私はちょっとの間、叫んでいた息継ぎをする。
“…待って。僕には今、お付き合いしてる人はいないよ?”
私はそんなの嘘だと思った。本当のことを叩きつけてやれば観念するだろうと思い、こう叫ぶ。
「じゃあバス停で抱きついてた女は誰なのよ!」
自分のことじゃないのにこんな台詞を言うのは変かなと思ったけど、この際仕方がないじゃない!
“え?…あ、ああー!それは妹!”
「へ…?妹ぉ~!?」
“そうか、それで?雪乃ちゃんはバス停で僕たちを見たんだね?”
途端に時彦さんの口調はとてもはっきりとした早口になり、今度は私が急かされた。
「は、はい…」
“じゃあ舞依ちゃん。雪乃ちゃんを連れ出せないかな。僕、事情を説明しないと。早く雪乃ちゃんを元気にしないとね”
私は一気に主導権を奪われたけど、とにかくこれで話はいい方向にいきそうだと思って、こう返事をする。
「じゃあ、ちょっと…今、雪乃に電話してみていいですか…?」
“うん、お願いするよ”
私たちは電話を切り、私はそのまま電話画面で雪乃の番号を引いた。
作品名:愛しの幽霊さま(11)~(14) 作家名:桐生甘太郎