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世界終了

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 落胆する伊勢崎の様子から、彼もまた記憶を失っていることがわかった。真理亜はいよいよ困惑して、おれの腕に爪を立てた。
「とりあえず、早急にどこか安全な場所を探さないとね」
「パパたちを見つければ、パパが手配してくれるわ」
 顔を輝かせる真理亜に、伊勢崎は冷ややかな視線を向けた。
「そんなことをしている暇はないよ。警察機関もすでに作動していないし、佐古の両親が生きているとしても、こんな状況で権力が揮えるはずもない」
「偉そうなこといわないでよ!」
「落ち着けよ、真理亜」
 伊勢崎に噛みつく真理亜を慌てて抑える。
「今は伊勢崎のいうとおりにしよう。どっちみち、夜になると、まったく動けなくなって危険だ」
 真理亜はまだなにかいいたげにしていたが、伊勢崎が先頭に立って歩き出すと、不承不承あとを追った。
 真理亜の実家は大学の近所とはいえ、それでも6駅は離れている。それなのに、伊勢崎はなぜここがわかったのだろう。
 小さな歩幅で歩く伊勢崎の後姿を見つめながら、おれはさっきまでとはちがった不安をおぼえていた。

 短い声を上げ、真理亜がつんのめる。倒れそうになるのを、すんでのところで支えた。
「靴が……」
 見ると、真理亜のパンプスのヒールが取れて転がっていた。
「棄てたほうがいいね。その靴じゃ、なにかあったときに走ることもできないし」
「無責任なこといわないで。フェラガモなのよ」
「フェラガモね」
 伊勢崎が露骨に苦笑いする。真理亜が顔を紅潮させるのを見て、おれは即座に宥めた。
「靴は諦めろ」
「でも……」
「おんぶしてやるから。ほら」
 身を屈めると、真理亜は唇を尖らせながらパンプスを脱ぎ、体をもたせかけてきた。小柄とはいえ、荒れた道路を女ひとり背負って歩くのはつらい。気遣うことなく早足で歩いていこうとする伊勢崎を呼び止めた。
「どこか当てがあるのか」
「ない」
「即答かよ……」
「大学に戻るつもりだよ」
「大学?」
 おれの背中で、真理亜が叫ぶ。
「建物はもう崩れてあとかたもないのよ」
「知ってるよ。でも、倉庫代わりにつかわれていたプレハブがある」
「コンクリートが全壊してるのに、プレハブが無事なわけないじゃない」
「建築物のほとんどは上からの圧力で崩壊してる。2階建て以下の建物は無事なはずだ」
 いわれてみれば、マンションやデパートといった高層ビルはほとんどが潰れているが、一軒家や小さな民家は比較的原型を留めていた。
 しかし、自然災害だとしても、真上から圧力がかかるなんて、考えられるだろうか。もしかすると、この悲劇には、なにか人的ものを超越した力が働いているのかもしれない。柄にもなく非現実的なことを考え、おれは敢えて現実的なことを口にした。
「じゃあ、そのプレハブで夜を明かすのか」
「それに、なにかつかえるものがあるかもしれない。コンピュータがあれば、ベストなんだけどね」
 腕を組みながら、伊勢崎は落ち着き払っている。内心では緊張しているのかもしれないが、少なくとも、表面的には冷静に見えた。いつの間にか伊勢崎を先頭に歩いていることに気づき、焦った。歩調を速め、彼の前に立った。
「換わろうか。いくらサッカー部でも、ずっとおぶって歩くのはしんどいだろ」
 伊勢崎の申し出を、おれは丁重に断った。すでに顔中を汗がつたい、膝が悲鳴を上げはじめていたが、伊勢崎に真理亜を任せるのは躊躇われた。本気で手を貸すつもりはなかったのだろう。伊勢崎もすぐに引き下がって、おれの後ろをのんびり歩いた。

 大学に着いたときには、息も絶え絶えだった。地面にへたりこんで喘ぐおれの汗を、真理亜が拭ってくれた。
「だいじょうぶ?」
「平気だよ、これぐらい」
 息を整えながら、必死に笑う。伊勢崎はおれたちには目もくれず、まっすぐに構内の奥へ進んだ。
「変な奴」
 瓦礫の山から電子機器類らしきものを見つけては、立ち止まり点検する伊勢崎を横目に見ながら、真理亜が顔をしかめる。
「仲いいの?」
「いや。ゼミがいっしょだっただけで、まともに話したこともないよ」
「そのわりには、稔之の部活まで知ってたよね」
「おれが有名人だからだろ」
 すこしでも雰囲気を和らげようと軽口を叩いたが、真理亜はにこりともしなかった。

 伊勢崎のいったとおり、プレハブは大きく捩れてはいたものの、なんとか建物のかたちを保っていた。ちょうど校舎の影になっていたぶん、まともに衝撃を受けずに済んだのだろう。
 ひしゃげたドアをこじ開け、なかに入った。すでに日が傾きかけ、風が冷たくなっていた。
「寒くないか」
「すこし」
 おれは着ていたダウンジャケットを脱ぎ、膝を抱えて座り込んだ真理亜の肩にかけてやった。それを見下ろしてから、伊勢崎は素早くプレハブ内を見渡した。
「とりあえずは、ここで夜を越せそうだね」
「潰れたりしない?」
「今のままなら、たぶんね」
 狭いプレハブのなかはがらくたで埋め尽くされていて、動く隙間もないほどだった。
「ちょっと、手伝ってくれる」
 伊勢崎の指示どおりに、段ボール箱や機材を移動させる。奥まった箇所に、古いパソコンがあった。
 段ボール箱の上にデスクトップを載せる。伊勢崎はしばらくパソコンと周辺機器を弄っていたが、すぐに首を振った。
「だめだな。電気が停まっているみたいだ」
 停電ぐらいは予想できていたが、それでも落胆は隠せなかった。ブレーカーを見てくるといって立ち上がりかける伊勢崎を、おれは咄嗟に制した。
「おれが行く」
「でも、危ないよ」
「だいじょうぶ。任せろ」
 伊勢崎のほうを見ながら、声は真理亜に向けていた。すこしは頼りになるところを見せておきたかった。
 伊勢崎が段ボール箱のなかから見つけ出した懐中電灯を差し出す。
「気をつけてね、稔之」
 心配そうな真理亜に微笑んで見せ、おれはすでに暗くなりかけている外に出た。

 期待していたわけではなかったが、やはりブレーカーは建物ごと崩れ、つかいものにならなくなっていた。発電機を探したが、暗闇のなかではとても見つけようがない。数十分粘ったが、歩きまわったが、けっきょく諦めてプレハブに戻った。
「悪い。やっぱり、だめだった」
 半分開いたドアに体を捻じ込んだ瞬間、おれは凍りついた。ダウンジャケットを脱いだ真理亜が、伊勢崎に覆いかぶさっていた。
「稔之!」
 真理亜がぱっと体を起こし、抱きついてくる。
「稔之がいなくなったら、伊勢崎くんがいきなり……あたし、嫌だっていったのに……」
 レースのついたインナーが捲れ上がり、下着が覗けている。真理亜の白い肌を見たとたん、こめかみのあたりでなにかが弾けた。
「この野朗、おれの女になにやってんだ!」
 懐中電灯を投げ捨て、床に座り込んでいた伊勢崎の喉をつかんだときだった。突然、足元がぐらついた。
 真理亜がけたたましい悲鳴を上げる。パソコンが落下し、火花を散らした。轟音とともに、天井が迫ってくる。
「逃げろ!」
 真理亜がドアに飛びついたが、地震の影響で大きく捩れたドアは、それまでかろうじてできていた隙間をも縮めていて、とても出られそうになかった。
「窓だ。窓から出るんだ!」
作品名:世界終了 作家名:新尾林月