愛しの幽霊さま(6)〜(10)
第7話 突然のプロポーズ
お父さんとお母さんが帰ってくる2、3日前になって、近所に住んでいる叔母さんから、「ちょっと遊びに来ない?お食事しましょう」とメッセージがあった。
私はそのメッセージに、「いいよ。じゃあ明日行ってもいい?」と返事をした。翌日が日曜日だったから。
叔母さんはお母さんの妹で、お母さんは三人兄妹だ。実は、今回お父さんとお母さんがカリフォルニアに行ったのも、一番上のお兄さんから、「仕事の手伝いをして欲しい」とお願いされたから。
お兄さんとお母さん、それから昔お母さんと仕事場で出会ったお父さんは、三人とも建設関係の仕事をしている。末の妹の叔母さんも似たような仕事かと思いきや、叔母さんはなんと、お花の先生なのだ。
でも、叔母さんの話では「まったく違う仕事に見えるかもしれないけど、誰かのために何かを作るのは、同じ」と前に話していた。なんとなくわかるような気もするけど、私にはまだよくわからない。
叔母さんの家にはお花がたくさんあって、お花の道具も、たくさんの素敵な花瓶もある。それはいつも楽しみ。
ちょっとして、叔母さんから「OK。じゃあ明日、11時を過ぎたら来てね」と返信が来た。
「ありがとう。じゃあ、よろしくおねがいし、ま、すっと」
叔母さんの家を訪ねる当日、私は、見送りに出てくれた時彦さんに、「行ってきます」と言った。でも、時彦さんはそこで急に首を振る。
「え、どうしたの?」
それにしても、いい加減私は時彦さんに対して、きっちりと言葉遣いの線引きをした方がいいような気がする。
でも、なんとなくそれはできていなかった。もしかしたら、私は距離感が決まっちゃうのが怖かったのかもしれない。
「僕も行くよ。この間みたいなことがあっても良くないし」
え。
「え、大丈夫ですか…?誰にも見えないかな…?」
そこで時彦さんは首をかしげて考えているようだった。その間に私も考える。
あれ?でもこの間、時彦さん私のこと助けてくれたよね。ってことは、あの時も時彦さんはそばにいたんじゃないの?
もしかして、危険を察知して急に姿を現したから、それが大変だったってことかな…?
うーん、幽霊の事情って全然わからないから、想像しかできない…。わざわざ聞くような勇気もないし…。
時彦さんはややあって、きりりときらめく両目を私に向けて、こう言い切った。
「見えたとしても、多分見える人は、避ける」
私はなんとなく察した。
そうよね。そりゃあそう。私みたいに、幽霊と積極的に関わろうとする人の方が、少ないよね。
「あー、えっと…じゃあ、行きましょうか」
「うん」
時彦さんは道々、私の右後ろにぴったりくっついて、するすると歩いていた。私はそれを時々振り返っていたけど、そのたびに道行く人に不審がられないように、真面目な顔をするのが大変だった。
近い…!近いです時彦さん…!あー心臓爆発しそう!
やがて20分ほどで叔母さんの家まで着く。インターホンで門の鍵を開けてもらってから中に入った。
「まあまあ入って雪乃!もうおなかすいた?それとも早いなら、お茶にしましょうか?」
玄関を開けると、奥の廊下から歩いてくる間に、叔母さんは早口でそう言った。
「ごめん、ちょっと早くなっちゃって。でも、おなかすいたかも」
「そう、じゃあちょっと待ってね。お米が炊けたら、おかずを温めるから」
「ありがとう。お願いします」
「はいはい」
正直に言えば私は、ヒヤヒヤしていた。もし叔母さんに時彦さんが見えたらと思うと。でも、やっぱりそんなことはなかった。
靴を揃えた私に時彦さんはちょっと笑って、自分のことが見えていない叔母さんの背中に一礼すると、するりと上がり框に浮き上がる。そのまま私たちは奥の台所に通った。
作品名:愛しの幽霊さま(6)〜(10) 作家名:桐生甘太郎