愛しの幽霊さま(6)〜(10)
ある日の暮れ方、部活で遅くなってしまった私は、夜道を家まで歩いていた。
ローカル線の駅は家のすぐ近くだし、10分も歩けば着くからと、私はスマートフォンを取り出して、メールを読んでいた。それはお父さんからの久しぶりのメールだった。
“雪乃、元気ですか。
お父さんとお母さんは仕事が上手く行き始めて、そろそろ軌道に乗ったから、もしかしたら帰るのが早まるかもしれないよ。
まだ一度も日本に帰ることができていなかったけど、今度の日曜日に一泊だけ家に帰れることになったので、その日を楽しみにしていてね。
じゃあ、何かあったら必ず言うんだよ。”
「えっ!?」
思わず私は道端でそう叫んでしまった。
どうしよう。お父さんとお母さんが帰ってきちゃう!時彦さんのこと、どうしたらいいの!?
ろくに考えは浮かばないまま、私は急いで家まで歩いた。
「おかえり」
「…ただいま」
もう最近は慣れっこになった朝晩の挨拶だけど、私はその時ちょっと緊張していた。それに気づいたのか、時彦さんが首をかしげる。
「どうしたの?」
「えっと…ちょっと、あとでお話が、あります…」
「えっ、うん…」
私が言ったことに時彦さんはなぜかすごくドキッとしたようで、肩を跳ねさせた。
「時彦さんこそ、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない…」
歯切れの悪い言い方で玄関を上がった私についてきて、時彦さんも私も、とにかくはリビングにあるソファに座った。
向かい合わせになったソファは私のほうが二人がけ、時彦さんのは一人がけ。なぜか時彦さんはおどおどしながらそこに座った。
本当に、どうしたんだろう。なんだかすごく緊張してるみたい。髪が長いから、顔色はよくわからないけど…。
「えーっと、その…大丈夫?」
すると時彦さんはぴんと背筋を立てて、急に大きな声で叫んだ。
「大丈夫!なんでもない!」
絶対に何かある様子の彼も気になったけど、私はとにかく用件を話そうと思った。
ちょっと言いにくいなあ。だって、思いついた方法、一つしかないのに、時彦さんがちょっとかわいそうなんだもん…。
でも、仕方ない。「祓われるなんて縁起でもない」んだし、お父さんたちに知られるわけにいかないもんね。
「…あのね、来週の日曜日、お父さんとお母さんが一泊だけ帰ってくるって言うんです。だから…その、その日だけは、私、時彦さんとは話せません。ごめんなさい」
私がそう言うと、時彦さんは驚いたけど、すぐに笑った。
「なんだ、そういうことか。なんか…、えっと、すごく重大なことかと思った」
どこかほっとしたようにも見える様子の時彦さんに、私も驚いた。なんだかまるで、考えていたこととは見当が違って安心してるみたい。
でも、それ以上何も言いたがらない時彦さんには、それを突っ込んで聞くことはできなかった。
とりあえず私は、もう一度謝ってからお願いして、ごはんの前に着替えようと、自分の部屋に向かった。
作品名:愛しの幽霊さま(6)〜(10) 作家名:桐生甘太郎