愛しの幽霊さま(6)〜(10)
「今日はお教室はないの?」
「ええ、今日は昼がなくて、夜にお花の会に出かけるけど、夕方までは大丈夫よ」
「そうなんだ。今日はどこに?」
「浅草よ。いつものところ」
「私、一回行ったっけ?」
「ええ。もうずいぶん小さい頃ね。こーんなだった雪乃も、もう中学生なのね」
「ふふ、そうだね」
私たちはそんな話をしながら、叔母さんの作った美味しいごはんを食べていた。
「そうそう。それで、おうちに一人だけど、どう?困ってることはない?」
私は何も言わないつもりだった。
でも、もしかしたらこれは、言わなきゃいけないことを隠しているかもしれない、とも思った。
「んー、何もないかなあ。でも、家事と勉強を一緒にやるって、ちょっと大変かも」
「そうねえ。でも、それは最初は必要最低限でいいのよ。だましだましでね」
そんなことを言って、叔母さんは楽しそうに笑う。お花の先生だけど、こういうざっくばらんなところがあるのが、好きなところかなあ。それに、すごく優しいし。
「でも3ケ月は長いからさみしいでしょうし、ちょくちょく顔を見せてね。きっとよ」
そう言って、わざとちょっとだけたしなめるような顔をした叔母さんに、私は笑顔で「ありがとう」と言った。
“実は家では、幽霊と生活してるんだけど…”と、内心でまたヒヤヒヤとしながら。
食事のあとで私と叔母さんが喋っていると、二階からとととととん、と軽快な足音が降りてきて、台所までそれが駆けてきた。
「雪乃ちゃん!」
力いっぱいドアを開けて現れたのは、まだ少し小さな小学生くらいの男の子。私はびっくりしたけど、いつも仲良くしていた従弟の「雄心」に、「おじゃましてます」と手を振った。
「こら雄心!階段は静かに降りなさい!ドアももっと静かに!」
「だって雪乃ちゃんが来てるんだもの!早く言ってよ!」
「あなたは宿題するって言ったでしょ」
「えー!ちょっとだけお話!」
親子はそんな言い合いをしていたけど、私は結局叔母さんに頼まれて、「少しの間相手をしてあげて」と任されてしまった。
「僕の部屋で遊ぼう!」
「うん、ちょっとだけよ?」
私が席を立つと、雄心は私をグイグイ引っ張り、「早く早く!」と、二階にある子ども部屋に連れて行った。
大変だ。大変なことになった。
ありていに言うと、私は従弟から唐突に、プロポーズをされた。
部屋に入る時、雄心がやたらにそっとドアを閉めたので、私は“叱られたのが効いたのかな?”と思って振り返った。
その時、あまりにも強すぎる目とかち合ったのだ。
「どうしたの?そんな真剣な顔して」
私がそう言った後、雄心はきっぱりと、でも、聞いたこともないような太い声でこう言った。
“大きくなったら、結婚してほしい”
「え…ちょっと待って雄心」
私は、本当に待ってほしかった。とにかく考える時間が欲しい。この子を傷つけないために。でも雄心は、まるで大人みたいなため息を吐いてから、こう言う。
「わかってる。早すぎるって言うんでしょう。でも僕、本気なんだ。だから、ちゃんと大人になるまで考えてて」
その時の雄心の目は、本気であることを私に訴えたかったのか、大きく見開かれ、にらむほどまっすぐに私に向けられていた。その強さに私は戸惑う。
でもすぐに気を取り直して、私は必死に気持ちを落ち着けた。
「わかった。大人になるまで考えるけど、途中で好きな子ができたら、逃がしちゃダメよ?」
そう言って雄心の頭を撫でようとすると、雄心は私の右手首を優しく掴んでしまい、なおも私を見つめた。
「絶対、そんなことない」
叔母さんの家からの帰り道、私はちょっと気重になっていた。
どうしよう。雄心にあんなこと言われたら、叔母さんの家、行きづらいなあ。
そう思っていたのがわかったのか、時彦さんが横から顔を出す。というか、右後ろから?
「困ってるね。そりゃそうだけど」
「う、うん…ほんとに」
「あっさりした男って少ないし、真面目ならなおさらねー」
「もう、他人事みたいに。もうほんとにどうしよう…」
頭を抱える私をよそに、彼は「大丈夫だって」と言う。
それから、夕焼け色に透ける手で、また私の頭を撫でてくれた。
作品名:愛しの幽霊さま(6)〜(10) 作家名:桐生甘太郎