没、乃至没集
幼少の頃から、母の期待に背けば殴られ、僅かな意思表示を行えばすぐと心配し骨抜きに駆けつける祖母。その二人の元で生活を送った攸治は、当然ながらにその二人を殺したい気持ちは芽生え、それを抑えつけられる理性は持ち合わせど、しかし勝手気ままにモラトリアムと名付けられるには、憤然たる念が態度となって噴霧する塩梅。終ぞ、環境が悪い、親が悪い、親をそう育てた祖母が悪い、と、負け組の遠吠えが始まり出した頃には、積年の怨みから横暴な態度が目立つように―――はならなく、相も変わらず熔接されたレッテルという金属板に阻まれ、しかし微々たる恨みの念は彼の足元を確と滴らせる、その程度の事しか出来ぬなんとも情けない男に育ちあがったのである。
最大の復讐と銘打って祖母宅に居候を決め込むという、これまた規模の小ささと言ったら、度々に祖母と喧嘩をし、こんな家出て行ってやる、と啖呵を切り、家を出て行くまでは良いものの、明かりの消えた商店街を漫ろ歩きに、不図湧いて出てくる不安感と寂寞感とは、攸治にとり依処なぞまるでないことを一入に再確認させられたものであり、点滅する街灯が恰も攸治の明暗を表しているかのよう。いつもの通り、N通りを抜け、A町まで行き、A町公園を半周して元来た道に戻り、それで、不用心なのか、痴呆なのか、家の鍵は大抵開いている為、祖母も近隣住民も寝静まった頃にそろりと家に帰り、放心と虚無が入り混じった反吐みたいな感情をふとこりつつ、眠れぬ夜を超すのは一度や二度の話ではない。
また、祖母といつもの如く喧嘩をする際、祖母はどこまでも足りない語彙力であれこれ捲し上げるが、狡猾に育ってしまった攸治は、たといそれが祖母お得意の無教養からくる常識外れで馬鹿丸だし、伝法たる罵倒や意見であったとしても、結果としてどこまでも己の怠慢から出た錆が居候という形で沈殿した、ということが念頭から外れることがなく、その後ろめたさから思うように罵詈雑言を吐けぬことが災いし、消化不良である憤懣たる思いが、長期間壊れた蛇口が水を滴らせるが如く、なんとも攸治らしいといえば攸治らしい、陰湿な嫌がらせをするのであった。が、そも、祖母に対する批判というものは、言い換えれば、厭でもそれら要素は攸治の体内に点在するものでもあり、即ち自分自身をも詰っているのと相違なく、攸治の子どもや孫らに遺伝してしまう可能性があることに、酷く畏怖の念を覚えてしまっている。そしても一つは、どこまでも愚昧な祖母に、おいそれと図星をつくようなことを言ってしまえば、危ういのは攸治の方なのである。
年甲斐もなくどこまでも悲劇のヒロイン気質に出来ている祖母には、攸治の伯父にあたる息子が二人も控えている為に、いくら祖母の言い分は、子供じみた、知性の欠片も感ぜられぬ自己憐憫に浸ったアル中の譫言であり、その隙間をついて泣かす事なぞ容易であるが、しかしその二人の伯父を敵に回すのは何かと面倒なのである。
一人は弁護士、も一人は社長、なぞというお偉い立場にありついた二人は、聞いた話、会ったこともない祖父の連れ子だそうで、祖母と血は繋がっていないにせよ、確とその面倒くささは体一面にこびり付いており、血よりも太い絆という滑稽なもので結ばれているが為に、血は繋がっているもののてんから孝行の心なぞ持ち合わせぬ母は、いつか叱責されていたのを思い出す。であるからして、殺意が混じった的確な詰りというのも擡げるだけで、その胸中に留めているのは、何も祖母のためではない。何かを言えばすっ飛んでくる二人の伯父というバックがいる故、口を紡ぐしかないのを良いことに、祖母は言いたい放題。必然、募り募った憤然たるや、完全に鎮火出来ないのも無理のない話。むしろ攸治の憤懣たる思いは並々ならぬ埋火へと変貌を遂げ、日頃から祖母に対し横暴な態度をとってしまうという形で擡げるのであった。
どうか母さんを頼むよ、と、殊更一番上の叔父から云われたときは、あまりの自分勝手さに思わず胸倉を掴みかかった。が、陸軍上がりの弁護士である伯父に敵うはずもなく、制圧され、そこはかとなく嵩押しされているかのような言い草をおめおめ喰わざるを得ない結果となった。その時攸治がふとこった怒りというのは並々ならぬものとなっていたが、しかし、同時に攸治はうら悲しくなっていた。
それで、一時こそ一人暮らしをしようと奮然し、一年ほど、隠遁生活を兼ねて田舎で暮らしてはいたが、瓦全たる淪落者の攸治にそれ相応に稼ぐ能力など持ち合わせるはずもなく、家賃やら携帯やらの滞納は勿論のこと、己の怠慢さを棚上げし、傲然とそれら全てを他人の所為にするという悪魔の所業を成し遂げるのであったから、大家に叩き出され、なけなしの金で祖母宅へと帰途を向けたのであった。この時の自己憐憫たる数々の言動は、忌み嫌う祖母の血を確と受け継いでいた証左であったが、己の事を素直に認めることが出来ず、いつまでも子供じみた夢想に胸馳せ、己が、完璧ではないにせよ、人並みの人間性を有している、なぞと思い込んでいるのであるから、尚とこの一家は救いようがない。
妊婦の腸に潜む悪魔の舌なめずり
ヒステリック持ちの母は、己の社会不適合さというものをその社会の所為にし始めると、己は恐らく外国人なのだと狂言めいた事を発し、攸治が中学校に上がる時分に、祖母宅へおいて(捨てて)、単身赴任を決め込む形で渡海した。だがそれも、所詮は低学歴な母のルサンチマンじみた呪詛に相違なく、実際、四十路の独身が英語も話せずに渡ったとしても、ある仕事は皿洗いか清掃業の二択、路頭に迷い行路病人となって客死する形で強制送還されるか、運良ければ結婚を決め込むかなのであるが、少なくとも十年以上会っていない母親の事なぞ攸治にとりもう既にどうでもよく、また、見たことも会ったこともない父は、祖母伝で、何やら新しい家庭を持ち、一軒家に、新妻と、弟にあたる子らと仲睦まじく暮らしているとの事。
二歳時に三行半とのこともあり、父との記憶の一切がない攸治は、はなこそ弟がいるのだと素直に喜ぶことが出来たのであったが、年が経つにつれ、憤慨たる、嫉妬の念が体中を激しく蠢動しはじめ、何故に私がかような地獄を引き受け止めなくてはならないのだと、弟を殺したくなる思いに駆られた。そも、己が蒔いた種を、雑草すら生えぬゴミ溜めに捨て、あの頭の狂った二人の元で生活せざるを得ない状況になったのは、偏に、後先考えぬ、性に絆され欲目めいた父親のせいであると、腹を鍋に腸を掻き乱したくなる思い。しかしそれらも、理解者の居ない攸治にとり、歔欷嗚咽した己を温かな心で以て受け入れてくれる人物なぞおらず、憤懣たる思いに内臓が爛れ、只管に悶絶する日々を送っていた。