小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

没、乃至没集

INDEX|5ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

西村何某(京太郎ではない方)に感化された愚が綴った塵芥を並べた滓





やや湿気るベッドの上、薄暗い空間と、温い空気に、二人の男女。男は、女の柔く脆い唇が、零れ滴らぬよう己の唇で捕らえる。強く握ると崩れ落ちてしまいそうななよやかな腕に、新雪がちょこんと坐していそうな梢程の白い指。然なきだに、ほんの数分前まで大雪に一入に凍えされられた、その太陽に照らされる新雪程白い肌には、その美貌も相俟って雪女を彷彿とさせる。
ほのり、も一度、唇に触れてみる。突如男の左手に、冷たい五本の突起物が指の間をすり抜け、手全体に巻き付く感覚に、綻ばぬようにか、将又、未だ体が温まり切っていないからか、軽い身震い。己を宥めるように、すぐと、彼女の首筋にキスをした。
そのまま、密か首から滲む汗を舐めとる。さしも冷え切った彼女の身体は、冷やされた硝子片が一気に熱せられるか如く、かっかと火照り出す。果然背く首とは真反対に、彼女の情けない声が漏れつつある。
攸治は、上から二つ目の、彼女のワイシャツのボタンを右手で外すと、決して大きくはないが、形の整った胸と、恐らく攸治の好みに合わせたダークレッドの下着が、雪の下から掘り起こされた蕗の薹のような発見の悦びと、確と達成感があり、勃勃、攸治を喜ばせる。次いで、三つ目、四つ目、五つ、六つ、と、一つ一つ懇切丁寧に剝いていく感覚には、得も言われぬ興奮と快感があった。服の下から現れた、普段露見せぬ肌は一入に白く、臍も、くびれも、ベッドの白さがその白肌を浮き彫りにし、恰も雪の上であるかのよう。妄りになりつつある彼女の姿態は、カーテンの隙間から覗く僅かな光を捉え、仄かに、蛍のような光を纏い、尚と白い。
既にして、己の盛り尽くした肉慾で貪りたいとの思いをふとこる攸治は、その可憐で華奢、愛する者の女体を前にして、絶頂に差し掛かる態。そのまま彼女を押し倒し、膝立ちした彼女の腿を捉える。ジーパンの肌触りの良い感覚と、股の間に顔の埋め込む背徳感と全能感、そして興奮と混ざり合う矛盾した安心感。下から見る山の絶景をなめだくるように視姦し、彼女の目に引き寄せられるままに、キスをした。蛞蝓の交尾かの如く、汚らしい、肉慾の汁が、滴々と。
攸治は、衣服との間にある隙間を縫い、一枚越しに、愛部を少し、手を握るよりも柔く、弄してみる。情けない程弱弱しく出た彼女の声に、またぞろ攸治は勃勃とし、はなからそうであったが、終ぞ紳士につとめることは出来ず、震える手と、荒くなる呼吸、漫ろになりつつあり、伴って身体の隅々までが共鳴し始めると、己も畏怖する程悪魔的な肉慾が滲み始める。
攸治は独り、宛らピークに達するかのような態となり、従って早急に上着を乱雑に抛る。そして、はだけた彼女の上着をも横暴に抛ると、身体に己の汗を擦り付け、その感覚には、どこかノスタルジックな感情が。そして、三度、目が合うと、彼女の蕩けた瞳の奥からは、しかし愛しさが湧いてそうさせたのではない、哀婉の風情がどことなく感ぜされられるよう。
我に返った攸治が口を紡ぐ刹那、何も云わず腰を浮かせる彼女。顔を背け、腕で口元を隠す仕草に、悔しくも嗜虐心が降って湧いてき、確と背徳感の味を占め乍らも、その二律背反する肉慾との狭間に、弥が上にもひどく興奮する様子。彼女に対する気は瞬く間に雲散した。
彼女のジーパンの留め具を外し、チャックを下ろす。その隙間から露見した、上と揃えたダークレッドには、切ない感動を認めながらも、するりするりとジーパンを下ろす。下着姿の彼女を、攸治は膝立ちした体勢で見下ろすと、顔から鎖骨、脇から胸、腹、臍、くびれ、股、腿、つま先、そして未だ秘蔵の愛部まで、どことなく愛おしく、腹底に沈殿する寂寥の念が、払拭される温い気持ち。はな持ち合わせていた嗜虐心は消滅され、薄れ行く興奮と相俟って、懐いた仔犬の如く。
「どうしたの」
不図、息遣いよりも幽かな女の声が劈く。
ううん、と、両の手で顔を優しく抱きしめ、鼻の頭が触れる。不図、暗澹たる一室の中にも関わらず、幽かに、その瞳孔の奥、攸治ではない誰かが揺曳しているのが見えた。俄かにして沸いた、嫉妬とも、恐怖ともいえるものが―――、しかし、彼女のひとたびの瞬きの内に煙のようにして消えた。
何でもないよ、と彼女を抱きしめ、額を肩に乗せる。
彼女は、濡れない。


その狂家庭の幼子であったためか、学校で見られる家族の世間体やらが気になるなぞという、思春期特有の自意識過剰傾向が湧かぬはずもなく、それらを持て余すことなく、結句として神経衰弱を患っていた。2Kという限られた空間で、その三分一もの空間を、童子の攸治にはよく分からぬ仏間にされてしまえば、寝る部屋の限られる程の狭さにおいて、その仏間で寝(風通しは良いため、エアコンのない攸治の家庭で一番寝やすい室であった)、しかし毎朝四時から狂ったように唱え始める祖母にたたき起こされては、夙にストレスで髪の毛を真っ白にし、小食であるにも関わらず太り、剰え、子にとり絶対であるはずの保護者たる親の存在が、聖母ではなく悪魔なのだとしたら、攸治が大人になり祖母を呪うかのように恨むのは、当然にして当然である。また、かような家庭で育った人間の常というか、二極化されており、荒れるか弱るかだとして、攸治は圧倒的に後者の存在なのであった。無駄に人の気配を察知してしまう、人の話し声が至る所からきこえる、人の視線が子蜘蛛の糸かの如く絡みつく、物の隙間の翳が悍ましい闇に感ぜられ嫌悪感を催す、なぞと、どこまでも神経を衰弱するにあたって、かようなものがくっきりと感じ取るようになっていくのである。それでか、往時の攸治は、家庭内で、母の、纏わり憑く疳の虫を敏感に察知し、祖母の、愛玩具とも思わしき扱いを無心にやってのけ、また、学校では、極度の貧乏家庭であったこと、地域内で差別される対象となった新興宗教の子だということとが相俟って、津々浦々、二六時中、他人からのレッテルを直に熔接され、自己なぞあってないような始末。しかし、いつしかそれも煩わしく感ぜられなくなると、気付けば社会からつま弾きにされ、幽遠した虚室に巣篭るという一連の流れは、畢竟、自然の成り行きであろう。

母から、理想の子だと銘打ちされた日には、爾来、理想の息子というものを演じ続け、生中愛想が良かった(これもまた攸治にとり、誰かに貼付されたレッテルに過ぎぬが)が為に、その無駄に持ち合わせた顔の良さも相俟って、そこそこ人受けは良かった。誰かに何か云われれば、それが彼なのであり、また人の羨望の目が攸治に向けられれば、虚心坦懐に応えるのが、体に張り付いて剥がれない、母から聞かされた、「相手の気持ちになって考える子」という攸治の、攸治ならざる攸治が行う一連の流れであった。が、如何せんその内実は、どこまでも、誰かの名目、大義に従って生きざるを得ない、薄志弱行な形無し人間であるため、それが数年後モラトリアムと呼ばれるにはなんら疑問も抱きようない。
作品名:没、乃至没集 作家名:茂野柿