愛しの幽霊さま(1)〜(5)
第4話 うちの幽霊は純情です
その後私たちはだんだんと、お互いの思い出話もするようになっていった。とは言っても、時彦さんは幽霊になってからの話しかできないけど。
「私が学校でひどい点数取ったときにね、親友が大笑いしたんですよ!普通友だちならなぐさめませんか?」
「それは確かに。で、何点だったの?科目は?」
「理科で…32点…」
私は恥ずかしいので、ちょっとうつむいてしまった。すると時彦さんまでくすくす笑っていたけど、こう言ってくれた。
「大丈夫。まだまだ中学生なんだからいくらでも巻き返しが利くし、そんなに言うほどひどくないって」
「そうかなぁ…」
「そうだよ。中学なんてまだまだ勉強のし始めなんだから」
それで私が元気が出て、そのあともまだ話が続いていた時、お風呂のお湯はりが済んだらしく、ピーピーとアラームが鳴った。
「あ、お風呂入らなきゃ」
私がそう言って立ち上がろうとした時、急にそばにあった本棚がガタガタッと揺れた。
「ひゃっ!?」
私が驚いて、おそらく怪異の原因なのだろう時彦さんに目を向けようとすると。
彼はもう、跡形もなく姿を消していた。
…え?どういうこと?なんで急にいなくなっちゃったの?
「あの…時彦さん?」
そう部屋の中に呼びかけても、沈黙が静かに返ってくるだけだった。
私は首をひねって、「まあ後でわけを聞こう」と思い、お風呂に向かった。
ところが、そこから数日間、時彦さんはまた姿を現さなかった。その間私はさびしかったし、「何か変なこと言っちゃったから、気を悪くしたのかな」と心配もした。
でも、その間にお父さんとお母さんから電話もあったし、勉強も家事もしなくちゃいけないし、私はなんだかんだと忙しく過ごしていた。
洗濯機が脱水のために高速回転をしている音は、だんだんと唸るような緩やかな音になって、またアラームが鳴る。
私はそれを待っていて、少しの洗濯物と洗濯ネットを、洗濯機の真上に設置してある乾燥機に放り込んだ。そしてまたスイッチを押す。
家電製品って気味が悪いくらい機能に忠実よね。まあ、急にその日の気分で洗濯機の機能がオーブンレンジに変わっても困るんだけど…。
私がそんな想像をしているタイミングで、リビング入り口にある家の電話が、プルルル、プルルルと鳴った。
私は「お父さんとお母さんかも!」と思っていたから、急いでそこまで走っていって、受話器を上げた。
その日は休日で、ちょうど昼頃だったから、カリフォルニアは夜に入ったところだ。お父さんとお母さんの話では、カリフォルニアは日本とは16時間時差があるらしい。
…どっちが進んでいるのかは、もうよく覚えてないけど。
「はい、石田です」
“まあ雪乃!久しぶりね!良かったちゃんと出てくれて!”
「お母さん、まだ一週間と少しだよ」
私はそう言って、少しの間会っていなかっただけですごく懐かしんで、安心してくれるお母さんに、笑った。
“そうね、そうだけど、なにせ私たちは遠い国でしょう。そりゃ心配なのよ。そっちはどう?何か危ないことはなかった?”
本当に、お母さんってすごいなあ。私はなんとなくそう思った。
でも、そこで私の頭はぴた、と立ち止まる。
…この家、幽霊が出るようになったよね…?
それは…言わない方がいいかな。わざわざ言って心配掛けるほど、悪い幽霊がいるわけじゃないし…。
「うん、大丈夫。何もないよ。ちょっと家事が大変だけど、だんだん慣れてきたし、特に危ないことなんかない」
“そう、よかった。いえね、連絡できなくてごめんなさいね、仕事でさっそくのトラブルが起きて、もうてんてこまい!”
「そうなんだ、大変だね。私は大丈夫」
そんなふうに近況を話してから、私はお母さんにアメリカの話を聞かせてもらったりして、電話を切った。
「大丈夫、よね。話さなくて…」
独り言でそんなふうに確認をして、私は受話器から手を離した。
そんなことのあった次の日に、時彦さんは姿を見せてくれた。
作品名:愛しの幽霊さま(1)〜(5) 作家名:桐生甘太郎