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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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愛しの幽霊さま(1)〜(5)

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「おかえり」

目の前には、玄関にぬぼっと立っている、ぼろぼろの服の男の人。

が、学校から帰ってすぐに見ると、意外とまだ迫力を感じるわ…。

「た、ただいま、です…」

でも、時彦さんに迎えてもらって、「おかえり」なんて言われたことがすごく嬉しかった。それに、なんだかちょっと後ろめたいくらい、ドキドキする。

もちろん時彦さんはなんにも知らないけど、私は好きなんだもの。それを隠して、こんな状況を楽しむなんて、悪いことしてる気分。

「いつまでも敬語でいなくてもいいよ。初めに「緊張しないで」って言ったのは、雪乃ちゃんでしょ」


“雪乃ちゃん”!なんですかその親しげな呼び方!

私はやっぱりそう感じて頬が熱くなって、なかなか返事ができなかった。

「う…うん。わかった…」

「あ、いやだったら無理にしなくていいよ?もちろん」

私はその言葉にはっと顔を上げて、思わず大声で叫ぶ。

「いやじゃない!いやじゃない、けど、ちょっと…緊張…」

やっぱり気後れしてうつむいてしまう私の頭に、またほんのりと温かい感触がする。

「うんうん。ゆっくりでいいよ。それから、この間急に消えてごめん」

それで私はそのことを思い出す。

そういえば、時彦さんがいきなりいいなくなったの、なんでだろ?

「あ、あの、なんでだったんですか…?私、何か悪いことでも言っちゃったんじゃないかって…」

あ、やっぱり敬語に戻っちゃった。まあ、だって年上の人だし、急にタメ口で話せって言われても緊張する。

すると時彦さんは急に目を逸して、言いにくそうにしていた。

「えっと、その前に…そろそろドア閉めた方がいいかも。これだと、周りからは雪乃ちゃん一人で喋ってるようにしか見えないし」

あっ!そうだ!

私が慌ててドアを閉めると、時彦さんはなおももじもじと組んだ指を前後に揺らしてから、話し始める。

「「お風呂」って聞いた途端、びっくりして…それで、慌てて消えたんだけど、その時に本棚揺らしちゃって、びっくりしたよね、ごめん」

そう言って恥ずかしそうに笑った時彦さんの姿は、灯りもない昼の玄関に立ち込める薄闇を、ちょっとだけ和らげていた。

そういえばあの時、私はお風呂に入ると言って、席を立とうとした。

お風呂の時にいなくなるなら、やっぱり着替えを見ないように、よね。

ってことはもしかして…私の着替えを連想しただけですぐに逃げ出したくらいに、時彦さんはびっくりしたってこと…?


もしそうなら、ちょっと…いや、かなりの純情だわ。男の人にこんなこと言ったら怒られるかもしれないけど…。

かわいい。

うん。ちょっとだけ。

「わ、わかりました…。お風呂はだいたいいつも9時くらいに入るので、えっと…それで予測してくれると、いいのかな?」

私がそう言うと、時彦さんはまたきまりが悪そうにえへへと笑っていた。



拝啓、お父さん、お母さん。

うちに居る幽霊は、かなりの純情です。

思わずそんなことを心の中でつぶやきながら、私はするすると滑るように歩く時彦さんを連れて家の奥へ入っていった。