虹の根元(青い絆創膏番外編)
「わあ〜。かわいい子猫だね〜」
まさに猫なで声といったように、子供が猫に夢中になっている。
そこは住宅街にある公園の近くで、長屋のような一棟の庭だった。その庭には、雨風に晒されてぼろぼろになったベビーカーが広げたままで置いてあり、そこに子猫が何匹か乗って眠っていたのだ。
子供は一人だけではなく、二人だった。子猫に夢中になって撫で回している方の子供はTシャツの上にカーディガンを着て、長ズボンを履いている。髪はかなり長めに伸ばしていて、猫が可愛くて仕方ないというように目尻を下げて笑っている。でも、その子は普段からそんな顔に見えるような垂れた目と、丸い鼻をした子供だった。
「ねえ、そんなに触ってて大丈夫?」
そう後ろから声を掛けたもう片方の子供は、隆康だった。
半袖に半ズボンでほんの少しだけ長めの髪は、女子ならばショートヘアといったところだ。飛び出た膝小僧とキャップを少し斜めにかぶっているところから、活発な子供であることがすぐにわかるようだった。
「大丈夫だよ。それよりさ、この子たち野良猫だし、一匹くらい連れて帰ったらダメかなあ?」
すっかり子猫の虜となった控えめそうな子が、にこにことしながらそう言う。すると、隆康はぎょっとして驚き、すぐに「ダメだよ!よくないよ!」と反対した。
それでも隆康の隣まで子猫を連れてきて、もう一人の子供は「大丈夫だって。うちのお母さん、猫が好きだから」と、隆康が何度か説得しても聞かないで、その長屋を過ぎて歩き始めてしまった。
それから二十分くらいして、もう一人の子供の家が近くなってきた。その道沿いは山へ登っていく林になっていて、その道なりに更に進むと、隆康の住む古い公団へ向かう通りにたどり着く。
子供は子猫を抱き、時折子猫が逃げたがるのを上手くあやしながら、隆康と「かわいいね」と言い合っていた。
家に帰ったら体を洗ってやろうだの、食事はどうしてやろうだのと子供は喜んでいたが、不意に子供の胸の中でたまりかねた子猫は暴れ出す。
爪を子供の腕に掛けて無理やりに逃げ出そうとしたので、子供も「痛っ!」と叫んで子猫を放してしまった。
「あっ!山に行っちゃうよ!」
隆康は、林の中めがけて一目散に自分たちから逃げ出した子猫を追いかけた。もう一人もそれに続き、子猫を追いかける。いくら子供であっても、山は子猫にとって危険な場所なのではないかとわかったようだ。
子猫は今まで我慢していた分を取り戻すように、走りに走った。でも、生まれてさほど経たない子猫の足はおぼつかず、そこまで速くもなかった。
なんとか子供の足で子猫についていくと、林の中に小川が敷かれている場所で、追いついてきた隆康ともう一人の子を怖がり、なんと子猫は葦の中へと入り込んでいってしまった。
「ダメだよ!出てきて猫ちゃん!」
二人が怖いからか、子猫はみゃあみゃあと鳴きながら、どんどん奥へ入っていってしまい、だんだんとその声は小さくなった。そしてとうとう、何も聴こえなくなった。
作品名:虹の根元(青い絆創膏番外編) 作家名:桐生甘太郎