端数報告4
と言われてしまうのがオチではないか。それよりも〈怨恨・内部犯行説〉の方がわかりやすいもんだから、誰もがすぐ飛びついて、
「創業者の江崎利一は生前何か途轍もなく悪いことをやっているとボクは見るね。誘拐だの放火だのされるのがその証拠だよ。会社の内部や警察に仲間がいなけりゃあんなことができるわけが……」
と言ってしまう。その考えには無理があるし根拠とされるもののどれもがいいかげんなのを指摘しても聞かない。
それを唱える〈ミスター・グリコ 加藤譲〉その人自身が、怨恨では不可解性を結局説明できないために、
《事件の始まりだけを見ても、謎ばかりだ》
と書いてると言っても聞かない。
「何が事実やったか、何が真相やったか、やり通さな答えがないと言うか……」
なんてことを何十年も言い続けてる、怨恨の線を追っても何も出ないから。なんて言っても聞かない。そして、
「怨恨じゃないならなんだと言うんだよ。社会を不安に陥れることそれ自体が目的だったら、誘拐だの放火だのせず最初から菓子に毒入れるんじゃないのか?」
などとたぶん言われてしまうし、こいつなんかも、
画像:四方修いやそんなのないよ
その考えで、会議室で口を開くたび「エンコン、エンコン」と吠えてたんじゃないのか。知らんが。
〈警察庁元幹部〉氏の意見が退けられたのもそれが理由だったのじゃないか。〈社会不安型テロ〉というのは説得力を持っていないし、丸大ハムやハウス食品の脅迫では〈彼ら〉はマスコミを利用せず、社会を〈劇場〉にするようなことはしないで裏取引でカネを得るのに専念しているのだから、
画像:福田充社会不安型テロ
こいつの言うことはスジが通らない。事件を《単にカネが目的》と考える者は誰もいないが〈怨恨〉は安易でユナボマーのような思想犯としても不可解となってしまうと、では誰もが納得できる動機が何か他にあるか。
「そうだ。この犯人には、このオレと似たところがある。〈彼ら〉のような行動は取らぬが、それが動機であるとすれば、オレは共感すらできる」
と誰もが言うような――〈誰も〉でなくても、決して少なくない人々が頷くような動機が何か考えられるか。それであるなら不可解性も無理なく説明できるような、そんな動機が何かあるか。
「世間をアッと言わせるような
デッカイことをやってみたい」
おれが考える犯人達の第一の目的は何よりそれだ。怨恨や社会不安型テロといった不純な動機によるものでない。生きてるうちに何かひとつデッカイことをやってみたい。「すげえ。あんた、すげえよ。すげえ!」。そう人々に言わせてみたい。そのためになら死んでもいい。
あなたはこれまでの人生で、そう考えたことはないか。本気で考え実行した人間に、共感したことはないか。あなたは凄い、凄いよと言ったことが一度でもないか。それが世の良識に背くようなことであっても。
500年前にマゼランは、そう叫んで船に乗った。西まわりにジパングに行ければ、世界が一個の丸い玉だと実証できる。おれがそれをやってやるんだと叫んで未知の海に出た。それが第一の目的であって、それで得られる貿易の利益などなどは二の次だった。
グリ森事件を《単にカネが目的》と考える者は誰もいない。それでは事件の不可解性を説明できない。しかし動機が「世間をアッと言わせるようなデッカイことをやってみたい」だったなら? 大阪にはグリコのネオン看板がある。
道頓堀で〈彼ら〉が思いついたのが、
画像:グリコのネオン看板
「グリコの社長を誘拐すれば、この看板が
ここにあるのを世界に教えてやれるんちゃうか」
だとすれば? それが第一の動機だとして、あなたはそれに納得し、共感することができないだろうか。
おれはできる。もしもそうなら共感するし、〈彼ら〉を尊敬さえするぞ。誰がなんと言おうともだ。おれをバカだと言いたいやつは言えばいい。おれは気にせん。〈怨恨・内部犯行説〉や〈無意識の層から顕在化した「自分自身の良心の苦痛」や「自分自身の罪の深さや不完全性」を抑え込むことを目的とした倒錯した邪悪性に起因する犯行〉といった御立派な識者先生の話をこんな顔をして、
画像:NHKアナウンサーアップ2
聞いてわかった気になってればいい。
――というわけで『キツネ目』から、最初の江崎勝久氏誘拐の件を見ていこう。今回は特に〈彼ら〉の手紙だ。スキャンして見せると、
画像:キツネ目74-75ページ
こう。ずいぶんな評価だが、実際のところこの最初の脅迫状には、後に見られる文章の遊びや社会への挑戦めいたところは微塵もない。ビジネスライクにカネを要求しているだけだ。
だが一方で、どことなく変。深夜に寄越してきた手紙に、
「午後5時までに現金十億と金塊100キロ」
と書いてあるのだが、本気で要求しているのか。
読んで普通の人間なら、首を傾げそうなところだ。そして全体がそんな調子だ。
「警察にも会社にも電電公社にも仲間がいるから逆探知してもわかる」
などと書いてるが明らかにハッタリ。むしろハッタリとわかるように書いてるような感じすらする。《推理小説に出てくるような文面》と言うより、2時間サスペンスドラマの文をそのまま持ってきたかのような。
詳しくは『キツネ目』を読むこと。おれから見たらこんなもん、真に受けて読む人間がいるなんてこと信じられない。そんな文面なのである。けれども当時、実際に、多くが本気に取ったのだった。そして深読みをしようとした。
で、言ったのが、
「警察にもグリコの会社にも仲間がいると書いてある! 警察にもグリコの会社にも仲間がいるんだ! そうでなければ警察にもグリコの会社にも仲間がいると書くはずがない!」
だったんだよな。で、そこから、
「怨恨だ! 創業者の江崎利一は、生前何か途轍もなく悪いことをしてるんだ。それで十億と100キロの金を手にしてどこかに隠匿していた! 犯人はそれを知ってて出せと言ってるに違いない。元は犯人のものなんだ。だから返せと言っている! 真の目的はグリコの旧悪を白日の下にさらすことだ。だから警察と会社の内部に仲間が! 仲間が!」
という結論がひっぱり出される。でも「ナカマがいる」ってえのは、
画像:最初の手紙部分拡大
ほら。間に「電電公社にも」と書いてあるのを考えてみりゃわかるはずだが、次の「ぎゃくたん知 しても すぐわかる」とつながっているわけなんだよな。
『警察にもグリコの会社にも電電公社にも仲間がいるから電話を逆探知してもすぐわかるんだぞ』
という意味の文なんだな。あまり意味のある脅し文句とも思えんが。しかしこのとき、〈彼ら〉は安手の2時間ドラマまんまの薄っぺらな誘拐犯を装っているわけだから、これはこれでいいわけだ。