端数報告4
しかし全体を見ない者は、全体を見ないものだから間の「電電公社にも」をすっ飛ばす。前後の文の流れから意味を掴もうとすることがない。「十億プラス100キロの金塊」は江崎利一が隠匿していた旧悪のカネ、ということにする。犯人はそれがあるのを知っていたから要求したんだ!
ということにしちまうわけだ。それで説明つくじゃあないか! それで説明つくじゃあないか!
――と、いやもう、変な説明がつくにはつくねえ。「電電公社にも」の意味をちゃんと汲み取れるおれにはちょっとつけようがない説明がなぜかついてしまった。でももちろん、ダメだこんなの。
十億円プラス金塊なんて、とても本気の要求と思えん。
それがおれの考えである。「世間をアッと言わせるようなデッカイことをやってみたい」という目的の犯罪だから、そんなことを書いただけ。それがおれの考えである。前に見せたように『キツネ目』の著者は、勝久氏が逃げていないという前提で脅迫電話を掛けているから本気でそれを要求していた、
《マインドコントロール下でカネを払わせる》
計画だった。〈キツメ目〉とはそこまで邪悪な男なのだ。人間じゃない。ダニだ。ヒルだ。サナダムシだ。無意識の層から顕在化した「自分自身の良心の苦痛」や「自分自身の罪の深さや不完全性」を抑え込むために一連の犯罪を行っていたのだ。うんぬん。と書くけどおれにはそうは見えない。
前にも書いたがおれの見立てはこうだ、
【このとき、〈彼ら〉は事がうまくいったなら、捕まってもいいくらいの気持ちでいた】
と。つまり、〈300メートルの男〉を世界中のテレビに映してやれさえしたならその後はムショに行ってもいいと。別に自首するつもりではなくそのときはそれでも、という考えでいて、勝久氏の声をテープに録っていたのも理由のひとつは後で、
「あれはわしがやった」
と言うためだった。これが証拠や!と言うためだった。刑務所へ行くのをある程度覚悟のうえでやったのだから、その際に刑期をなるべく短くする計算も働かせていた。
のじゃなかろうか。それがプロの犯罪者というものではなかろうか。刑務所に行ってもいいが10年も20年も行く気はない。まあ1年か2年くらい。長くても3年くらい。
それ以上はヤだ。そうはならない範囲で計画をまとめよう――。
〈彼ら〉はそんな考えで事を行うやつらだったのではないか。おれはそう思うのである。『キツメ目』の著者は〈キツネ目〉を極悪人ということにしたい人間であるがゆえに勝久氏をわざと逃がすことに対して、
《マインドコントロール下でカネを払わせる》
計画だった、なんていう妙な理屈をひねくり出すが、おれはバカらしいと思う。勝久氏をわざと逃がしたのは、
「捕まったときの刑をなるべく軽くするため」
だったのではないかと思う。たとえば同じ誘拐でも、身代金目的とそうでない拉致監禁では罪状が違い刑期が違う。
拉致し監禁しただけならば〈逮捕及び監禁罪〉という罪になり、懲役3ヵ月以上5年以下(ただしこれはグリ森事件当時の話で、現在では3ヵ月以上7年以下)。もちろん5年も喰らうのは稀で執行猶予がつくのが多いはずである。
もう少し重くなるのがたとえば女を監禁して「自分を好きにならない限り解放しない」と迫ったりするような場合で〈営利目的〉ということになり、1年以上10年以下だ。
そして営利でも〈身代金目的〉となると〈無期または3年以上の懲役〉となる。〈彼ら〉は当然、捕まればこれに問われることになる。
――が、しかしどうだろう、
「あれは本気で要求したわけじゃない」
となったなら? あれは冗談でやったんだ。イタズラだった。そんな大金、用意できるとまさか思いもしなかったから受け取り場所に行かなかったし逃げられるよう手錠も外してやったんだ、となったなら? 〈身代金目的〉を適用するのは難しくなってくるのじゃないか。裁判では弁護士はむろん主張するだろうし、検事の方で最初から〈逮捕及び監禁〉でやろうとすることだって決してない話じゃなくなる。
のではないか。特に真の目的が、「グリコのネオン看板を世界的に有名にするため」などということになってしまったら、無期や懲役10年というのはまず求刑のしようもなくなくなる……。
ということはないだろうか。その後の脅迫は人を攫っているわけでないから〈恐喝〉の罪で〈10年以下の懲役〉となる。〈彼ら〉はそのようにして、捕まっても刑期をなるべく短く済ます計算を働かせていた――。
そしてムショでは「あれをやったやつら」として悪党どものヒーローだ。という、〈彼ら〉はそんな者達じゃないのか……おれはそう思うのである。ならばもちろん、放火なんかやるはずないということになってくるわけだが、ああ、〈彼ら〉の手紙についていろいろ分析するつもりで書き始めたのがもう最初の手紙だけでこんな長さになってしまった。ほんとは次の手紙について、
「書いてあることより、書いてないことのほうが重要なんだよ」
という話をしようとしたんだけれども。
でもそいつは次の話とすることにしましょう。今回はここまでです。捕まったときの刑を軽くすることまで計算して事を行う知能犯の小説でおもしろいのが何かないかとお求めの方には、例によっておれが書いた、
画像:クラップ・ゲーム・フェノミナン表紙
https://books.rakuten.co.jp/rk/c4c936f145e636b5b3a9d0fee0752ce7/?l-id=item-c-seriesitem
これをお勧めするのですが、しかし前回書いたように、現在このリンクを押してもページにたどり着くことはできません。始めの5分の1ほどのみ、小説投稿サイト〈ノベリスト〉で公開している、
https://novelist.jp/88870.html
このリンクから読むことができます。また、
画像:銀行強盗のしかた教えます
こちらの短篇にもそのような犯罪者が出てまいりますが、〈楽天コボ〉で販売中の、
画像:図書館の本を濡らしたら(と6つの短篇)表紙
https://books.rakuten.co.jp/rk/c0ece09decea3050b225c2ac729aa740/?l-id=search-c-item-img-01
これに含まれており購入可能。始めの3分の1ほどをこちらの、
https://novelist.jp/88988.html
リンクで読むことができます。さらに次のふたつも長らく非公開にしていたものをまた出し直しましたのでよろしければどうぞ。
画像:図書館の本を濡らしたら
https://novelist.jp/88922.html
画像:絶対外れる馬券術
https://novelist.jp/68279.html