端数報告4
「いえ、ですから、『三百万殺す』と言っても、そのほとんどは老人なわけです」
「それがいちばんいかんのじゃないか!」
「いやいや、考えてみてください。高齢者へのワクチン接種は終わったところなんですよ。ワクチンを射った老人は、今〈波〉が来ても大丈夫です」
「ん? なんだかよくわからんが……」
「フフフ。ですからおっ死(ち)ぬのは、接種してないやつってことです。我々があんなに呼びかけたのに、応じなかった老人が何百万もいますよね。ここで〈波〉を起こしてやれば死ぬのはそいつら……」
「おお!」
「わかりますね。その連中が死んだところで、『だから言ったろ?』と言えるわけです。『接種を受けろ』と言ったのに受けなかったからそいつらは死んだ。というわけで我々には、その責任がありません。死んだやつは自分が悪いということです。そして〈波〉が起きたのは、飲食店が悪いと言える。洗えと言うのに手洗いを励行しなかった者らが悪いと言える……」
「おおお。おお、おお」
「その後は我々の天下です。市民に対して『今後、我々の決めることには絶対服従』と言えるのですよ。そのためにいま三百万を殺すのは正義」
「うーむ、素晴らしい……」
「というわけでついては総理、マスコミに『医療態勢の構築が極めて大事』と言ってください。具体的にはコロナ以外の患者を病院から追い出して、入院させない。たとえば妊婦なんていうのは、もっての他でしょ」
「うむ、まったくだ」
というわけでほんとは日に13500人も検査してやっと600を確認のところを《4515》と言ってこれで今度こそ〈波〉が起きるぞー。さあワクチンを受けていない老いぼれよ死ね! 三百万だ!
――と考えてやったんだけど、来ない。変だな。これでは赤ん坊がひとり死に、首相が悪者になっただけで終わってしまうぞ。
というわけだ。サキの『不安療法』とは、
*
「実行なさったら、二十世紀の一大汚点となります!」
画像:サキ傑作選表紙 ハルキ文庫〈サキ傑作選〉より『不安療法』大津栄一郎・訳
というような話なのだが、百年後の今のこれは二十一世紀の一大汚点となるだろう。
十九世紀の末に若きマハトマ・ガンジーは、白人警官から度重なる暴行を受けた。これは人類の恥の歴史だ。
おれは〈コロナ禍〉の一年前、2019年5月にこのような、
画像:敵中ハーメルン版第一ページ
https://syosetu.org/novel/189681/
ものを書いてネットに投稿していた人間である。だからこの問題についてちょっとは語る資格があるんじゃないかと思うわけだが、こないだ書いた海外ドラマの『S.W.A.T. シーズン4』。あの時点で番組はまだ放映されてなかったが、その後に第1話がやったので見てみた。ってゆーか、録画して、やっぱりつまらなそうだったので早送りして字幕だけを追ってみた。
するとこんな感じだった。コロナでほんとに多くの死者が出たのは最初の3ヵ月ばかりだけだ。その頃の話らしいのだけど、誰もマスクなど着けていない。たまにひとりとスレ違って、
「マスクか。感染症対策?」
「ガイドラインについては策定中だ」
画像:マスクか。感染症対策? ガイドラインについては策定中だ
とか話すけど、それだけである。代わりにキャラクター達みんな、1992年の暴動の話ばかりをエンエンとしている。
'92年のロス暴動。白人警官が黒人を暴行の末に殺して裁判で無罪。それをきっかけに暴動が起きたという話だが、若いSWAT隊員達は、
「ボクはその頃子供だったしロスに住んでたわけじゃないから」
とか、
「アタシは親が暴動に加わり、店からいろいろ盗んできたのでうれしかった」
画像:覚えてない CDプレーヤーをもらったの
という調子だ。なんなんだこりゃ? 思いながらにさらに早送りしていくと、主人公の父親らしき男が孫だか甥っ子だかに、
「92年の暴動は終わっちゃいない/今も同じ問題が起こってる/何も解決してない/よく聞け/おれが17歳の時だ/お前の年の頃さ/バンドの練習の帰り道だった/トランペットを抱えてな/覆面パトカーが近づいてきた/2人の白人警官が――/突然 降りてきて俺を壁に押しつけた/楽器は投げ捨てられ曲がってしまった/連中はナイフを向けて笑ってた/そしてナイフを――/俺の首に押し当てたんだ/そして言った/“うろつくと殺すぞ”/“死んでも誰も気にしないさ”」
画像:おれが17歳の時だ うろつくと殺すぞ
なんて話をする。そんな目にあうとだれだって神経がおかしくなって当り前かもしれないが、それがコロナとなんの関係があると言うのか。
サッパリわからん。しかしそこにデモ行進がやって来て、主人公は、
「裏切り者のブタめ」
画像:裏切り者のブタめ
という言葉を投げつけられる。言ったのは前に見せたように、
画像:正義なくして平和なし 警察は人種差別するな
この男で、皆と一緒に「正義なくして平和なし」「警察は人種差別するな」と叫びながら去っていくのだ。
で、どうなるかっていうと主人公は、『こんなことは間違ってる』という顔をしながら自らもマスクを着けて行進に加わるのであった――って、何がなんなんだか……。
マスクを着ける主人公
まるでわからん。掲げられたプラカードにはどれもこれも、
画像:プラカード1 2 3 4 5
《人種差別をやめろ》とか《彼らの名を呼べ》とか《なぜ人種差別についての話し合いがない》とか《ジョージ・フロイドのための裁きを》とか《次は俺か?》とか書いてあるばかりでコロナについて、
《手洗い励行》《密を避けよう》《カンセンカクダイボーシのカンテン》
だとか書いてあるものはない。
どうやら全部が「人種差別はんたーい」というもんらしいが最後になってようやくに、
画像:壁の絵
こんな壁画が出てきてどうやら3人の黒人が白人警官に殺されたらしい。でもって'92年の暴動のきっかけになった事件を蒸し返したり、さらにそれより昔の話を、
画像:エメット・ティル 55年のデモ
ほじくり返してわめき立ててる。人種差別は良くないとはおれもまあ思うけどね。
画像:敵中ハーメルン版目次
https://syosetu.org/novel/189681/
重ねて言うが、おれはこの件の1年前に、さっき見せたあれをネットに書いて出してた人間だよ。けれどもそのおれが見て、
画像:正義なくして平和なし マスクを着ける主人公
こんなもんは正義じゃない、憎しみをただ増幅させてるだけだ、としか思えんのだな。デモに加わる主人公も主人公として失格だ。このドラマはやっぱり見るに値しない。
――と、思ったわけだがそれはいいとして、このときまでアメリカでは人はマスクをしてなかったのが、これをきっかけに誰もが着けるようになったのか。
だろうな。去年にアメリカでこれをテレビ放映していて見た人が誰も変だと思わんのなら……。