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という計画のはずだったのだが、結果グリコは大打撃。頭のいい彼らと違い、世間の人間はみなアホで、手紙に書いた文をちゃんと素直に読むことがなく変な方向に歪めて解釈するだけだったからである。
 
そこでグリコに脅迫をやめる手紙を書いて全部やめようと考えるが、「別の企業に狙いを変えて今度はうまくやってやろう」、と思い直して丸大食品の脅迫にかかる。〈プロレス興行〉の始まりだ。
 
彼らは「1億獲らんうちはやめられるか!」という考えを持ってしまった。まあそれが人間だろう。1億円が欲しいとか必要だとかいうのでなく、ただカッパギに成功したい。それを目的に行動を続けることになった。丸大がやっぱりうまくいかなかったら森永だ。森永もやっぱりダメならハウス食品だ。
 
というのが事件の真相である。ほぼ純粋にゲーム感覚で行っていた犯罪なので、彼らとしてはプロレスのヒールがワルを演じているのと変わらなかった。そして世の子供達に対しては、秋田の祭りの〈なまはげ〉か、『仮面ライダー』の怪人ナントヤラ男とか、本家・江戸川乱歩の〈怪人二十面相〉を演じているようなものだった。
 
子供達に善玉企業を応援させるための悪役だ。だからグリコの後にハムとソーセージの丸大、カレーとシチューのハウスといった、子供が好きな食べ物を作る会社を狙った。「頑張れグリコ、負けるな森永」と子供達に叫ばすために、彼らは『泣いた赤鬼』の青鬼になろうとしたのである。
 
だが、すべては彼らの思いと裏腹なことになってしまった。裏取引に応じる企業はひとつもなく、みな警察に頼ってしまう。この事件ではそれは利口な選択でないということが、〈立派な社会人〉である者達にはわからなかった。
 
と言うより、決断を下す立場の人間達が、会社の利益や従業員の生活や、消費者の安全よりも己の保身を優先したのではないか。警察に下駄を預ければことがどうなろうとも警察のせいにできるけれど、自分が下駄を履いてたら自分のせいというわけだ。裏取引に応じれば、そういうことになってしまう。
 
結果として森永がああいうことになったわけだが、しかしそれも、
 
画像:加藤譲
 
この〈ミスター・グリコ 加藤譲〉に痛くもない腹を探られるゆえにそうなる。裏取引に応じることは、加藤譲に、
「それはつまり犯人どもにこれほどひどい恨みを買うほど悪いことを会社が過去にやっているということだ。本当は、『それを黙っている代わりにカネを出せ』と言われたんだろ。何をやった。この会社は過去に何をやったと言うんだ。隠しても、ボクが必ず突き止めてやるぞ。あばき出して世にさらしてやるからな」
と言われてしまうことを意味する。〈立派な社会人〉である者達には、そっちの方はとってもよくわかってしまう。だから森永にせよどこにせよ、犯人達との裏取引に応じることはできなかった。
 
のではないか。結果として、〈下駄〉は捜査の本流とは離れたところにいる滋賀の県警本部長が履かされ、この人物の焼身自殺という次第になってしまった。
 
犯人からの最後の手紙の、
《悪党人生 おもろいで》
はそれに対する呵責(かしゃく)で書かれたものである。「こんなはずでなかった。何もかもうまくいかなかった」という痛恨の叫びなのだ。そして、せめてもの贖罪に、便乗犯がこれ以上に出るのを防ぐために書かれた。
 
それが真相だ。もちろん、毒入り菓子を見てそれとわからぬ形で店に置いたことなどない。そして彼らは一円の利も得ていない。一連の犯行の中で目的を達したものはひとつもなく、すべてがくたびれ儲けの結果に終わっている。
 
   * * * * * * * * * *
 
以上である。なお、最後に断っておくが、おれは決してこの事件について詳しい人間でない。事件当時に高校生でニュースを見てはいたものの何が何だかサッパリわからなかっただけ。強い関心を持ったというわけでもなく、終結後にはすぐに忘れて人生を生きてきた。事件についての本など読んだことはなく、つまり、ほとんど知らないに等しい。
 
それが最近、
『NHKスペシャル 未解決事件File.01 グリコ・森永事件 劇場型犯罪の衝撃』
を見て、この自説の着想を得た。それだけだ。考察に用いた関係資料はこの番組の録画の他に、もう一度リンクを見せるが、
 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BB%E6%A3%AE%E6%B0%B8%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 
このウィキペディアの記述だけ。このふたつ以外に何も参照していない。
 
作品名:端数報告4 作家名:島田信之