端数報告4
と言う。嘘だ。確かに現場の記者には記事の扱いを決められないものでもあろうが、この件に関する限り読売新聞の上層部は、加藤の独断専行をほとんど許していたのじゃないか。加藤はグリコの内部犯行と怨恨の線を信じているので、グリコを追いつめさえすれば犯人が浮かび上がると考えている。だから断じて追及の手を緩める気がない。
だからこんな理屈をつけ、自分は悪くないことにして、刑事の頼みを突っぱねた。裏取引の話に食いつき、
「何か兆候があるんか」
と聞いたのも、社長には犯人の心当たりがあると考えてのことではないか。
「やっぱり! 社長はやつらが何者で、どうしてこんなことをするのか知ってるんや! だから裏で取引して、許してもらおうと考えている。そんなことをさせるものか! この事件には必ずグリコの旧悪がからんどる。ボクがそれを突きとめたるんや!」
と考えている。正義の味方仮面ライダー気取りだから、そういう眼でしか事件を見てない。
こんな人間が読売の事件記者であったために、
《企業のイメージは大きく傷ついた。グリコの商品は店頭から消えた。株価は急落した》
ということになってしまったのではなかろうか。
おれには話がそう見えてならない。再現ドラマの中で刑事は、
「江崎社長は、警察が報道を止めてくれへんかったことを不満に思うてるらしいで」
と言ったが、加藤達は〈レク〉というのに出られぬために警察には止めようがない。さっき見せた、
画像:グリコ関係者に重点 強まる怨恨説
このふたつとも読売新聞の記事らしいが、NHK『未解決事件』はやはり読売の記事を主に映して見せる。そして番組を見る限り、読売の記事がいちばん煽情的なように思える。
週刊誌やスポーツ新聞はもっとひどいこと書いていたかもしれぬがしかし、
【江崎グリコという会社は過去に相当に悪いことをやっているのに違いない】
という憶測で満たされた記事。それが紙面を埋め尽くす。加藤が何を書こうとも、その扱いを決めるのはむろん社の上層部だ。だからその者達の責任もやはり大きいと言えるが、しかし、週刊誌やスポーツ新聞が何を書いてもグリコの製品が店頭から消えるところまでいかなかったのじゃあるまいか。
大手新聞の読売が出した。こんな記事をデカデカと紙面で大きく扱った。グリコという会社は過去に途轍もなく悪いことをやっている。犯人はそれに恨みを持つ者なんや。でなけりゃこんなことをするか。できるか。でけへんやろう。誘拐もやった。放火もやった。子供でなく大人の社長を攫ったのは生かして帰す気がなかったのに違いない。脱出できねば間違いなく社長は殺されていたはずや。
必ず、そこまで江崎家を憎んでいる者なんやから。この犯人どもは本気や。だから菓子には本当に毒を入れとるに違いない――というような憶測でふくらました記事を加藤が書き、上の者達がそれをそのまま大きく扱う。
結果として他のマスコミが追随せねばならなくなる。その結果がまるで福島原発事故か、チェルノブイリのごとき、
画像:工場空撮1 空撮2
これというわけだ。ひとりの仮面ライダー気取りの、
「そんなことはさせん!」
のために、ことがこうなってしまった。
のではないかとおれには思える。そして犯人グループの本当の狙いは、刑事が心配していたように、社長との裏取引だろう。最初はカネが目的でなく、取れると思ってすらいなかった彼らだったが、放火によってますます恨みだ内部の者達の犯行だ、警察の中にもやはり仲間がいるぞ、絶対にいる、と世が騒ぐことによって目的を変えた。〈プロレス〉に。
誰も彼もがてんで見当違いの方を見ているのならそこを突いて、カネを脅し取れるのじゃないか。と考えたわけだが、しかしその受け取り場所に警察がいては近寄れない。
だから警察を間に入れずに、カネを引っ張り出さねばならないと考える。裏取引だ。それができれば、後に逮捕の心配などまったくしなくていいことになる。
刑事が加藤に言った通りだ、
「もしそんなことになったら、犯人逮捕は完全になくなる」
と。せやからグリコを追いつめんといてほしいんや、と刑事は言うのに加藤にはそれが理解できない。〈裏取引〉という言葉の意味はさっきおれが書いたように解釈され、
「そんなことはさせん!」
「そんなことはさせん!」
という考えに置き換えられる。やっぱり社長は犯人が何者なのか知っとるんやな! 動機が何か知っとるんやな! 一体、こんなことをされるどんな悪いことしとると言うんや。それを突き止めてやる。あばいて世にさらしてやるんや、このボクが!
という考えに置き換えられる。〈仮面ライダー〉の頭では、物事をこのようにしか考えることができなかった。
――と、いったところでこの脅迫の件についてのおれの考えをまとめよう。こうだ。
* * * * * * * * * *
当初はカネを取る気のなかった犯人達だが、無関係なアカウマによる放火が起きてしまったことで考えを変えた。警察が怨恨の線を追い、グリコ内部や警察内部の仲間探しが本気でされる一方で、自分達の方にはまったく捜査の手が伸びてこない。ならばそれをうまく突けば、グリコから億の単位のカネを脅し取れるのじゃないか?
彼らはそう考えて、その方法を模索することになる。考えた末に出た結論は、
「裏取引でなけれならない」
というものだった。指定した受け取り場所に警察が待ち構えていたのでは、カネを受け取るに受け取れない。江崎勝久社長から、警察に頼る考えを捨てさせなければならないのだ。
それにはマスコミを利用しよう、というので製品に毒を入れたという手紙を新聞社などに送ることにした。最初は食べても死なない量。しかし少しずつ増やしていくぞ、との言葉を添えて。
問題の手紙をちゃんとよく読めば、
「0.05グラム入れたのを2個、名古屋と岡山の間。死なないが入院する」
「10日後に0.1グラム入れたのを8個、東京から福岡の間」
「20日後に0.2グラム入れたのを10個、北海道から沖縄までの日本全国。完全な致死量」
というふうに書かれていることがわかる。NHK『未解決事件』という番組はこれを省いて読まないし、読売に限らず当時のどのマスコミも素直に読めない形でしかこれを一般に見せようとせず、
「この事件の裏にはどれほど深い闇が」
という論に持ってくだけだったようだが、おれに言わせればこの手紙のここが最も重要なところだ。
本来、これは大きな組織を脅迫するのに非常にうまいやり方と言える。また『ガンダム』の話になるが、あのアニメの元ネタとして有名な小説『宇宙の戦士』を書いたSF作家、ロバート・A・ハインラインの他の作に、『月は無慈悲な夜の女王』というのがある。これは宇宙植民者が独立のために地球に大きな石を落とすという、『ガンダム』の〈コロニー落とし〉の元ネタではないかと思える作品なのだが、ただし、『ガンダム』と違って地球に石を落とすのは落とすが、狙うのは無人の砂漠地帯。
しかしそれでも多少の犠牲が出ることになる。で、
「そのうちに何万も死ぬぞ。そうなる前に独立を認めろ」