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端数報告4

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とするが、〈彼〉は近所に住んでいるから知っていたのだ。家に戻ってワクワクしながらテレビをつけて、グリコ本社が大火事というニュースに、
「え?」
となっている。
 
   * * * * * * * * * *
 
というのがおれの推理。ただしこれは、おれが〈かい人21面相〉一味を凶悪犯と思いたくない。だから他の人間がやったことだということにしたい、という考えでした帰納的な推理であり、つまりまた当て推量だ。「こう考えれば多くの奇妙な点に自然な説明をつけられるのではないか」という考え以外に根拠と言えるものはないのをあらためてお断りしておく。
 
――が、ともかく一般には、この放火によっていよいよ〈彼ら〉は凶悪犯ということになった。再現ドラマで上川が演じる加藤譲は、懇意にしている刑事を訪ねて、
 
   *
 
「犯人の動機は、グリコへの怨恨で決まりやろ。江崎社長の口が重いんも、そのためやろ」
 
画像:NHKスペシャル『グリコ・森永』番組タイトル
 
と言う。だが刑事は、
 
   *
 
刑事「それはどうかな」
加藤「ん?」
刑事「江崎社長の口が重いんは、マスコミ不信やとおれは思うとる。新聞が、グリコの内部犯行説だの、グリコへの怨恨だの書き立てたら、そないになって当然や。せやから、警察にもますます口が重うなる。警察とマスコミは、ツーカーやと思われとるからな」
加藤「ツーカーやないやろ。こうして健気に夜回りしとるやないかい」
刑事「健気にな」
 
画像:NHKスペシャル『グリコ・森永』番組タイトル
 
それをツーカーと言うんじゃないかな。しかし、
 
   *
 
加藤「大阪府警はまだ、江崎社長の事情聴取せえへんの」
刑事「せえへんのやない。兵庫県警がさせてくれへんのや」
加藤「府警と兵庫県警、うまくいってないのや」
刑事「ま、どっちも手柄立てたいからな」
加藤「新聞記者とおんなじや」
刑事「おう。あれもやめといてくれよ」
加藤「あれ?」
刑事「犯人からの挑戦状、新聞に載せるなとは言わへん。せやけど、あそこまで大きく扱わんでも。おう、喜んでるのは犯人だけやろ」
加藤「ウチに言うなや。来たのはサンケイと毎日だけなんやから。なんでウチにはけーへんのやて、ぼくが上に怒られた」
刑事「はは、そらええわ。はっはっは」
加藤「えーことないわ」
 
画像:NHKスペシャル『グリコ・森永』番組タイトル
 
となる。これがどの程度実際の会話を再現したものなのかわからぬが、見る限りではこの刑事は、加藤に内部犯行説や怨恨説を書くのをやめさせたくてそのために〈夜回り〉に応じているらしい。劇中には、続いてやって来た別の記者を断るために加藤の靴を妻に隠させる描写がある。
 
画像:加藤の靴を隠す刑事の妻
 
加藤が書くから他の新聞が書くことになる。読売がボックス閉鎖になっているということは、警察が手綱を握ることができずに加藤のやりたい放題になっているということで、週刊誌やスポーツ新聞と変わらぬようなヨタ記事を書き飛ばしてしまえるようになっているということ。読売がそうなってしまったために他の新聞、そしてテレビも……。
 
という、だからこの刑事は少しでもそれに歯止めをかけたかった。
 
のではないのか。しかし加藤は取り合わず、話をすり替え、はぐらかし、自分は悪くないことにしようとするだけだった。
 
のではないのか。そして結局のところそれが刑事の言う通り、犯人達を喜ばせることになる。日本社会を彼らの〈劇場〉にしてしまえることになった。
 
画像:まづしいけいさつ官たちえ
 
おれの考えではヒーローショーの、
「お菓子に毒を入れてやるのダ〜」
という劇場に。加藤がやったことだというのに、加藤は自分は悪くない顔。犯人達はおれの考えで言う〈プロレス〉を始め、企業を脅して首尾よくカネをいただければわしらの勝ちやで!と目的をシフトさせた。
 
わけだが、それは事件から35年も後の今に初めておれが見る考えであって加藤がそう見ることはない。「グリコのお菓子に毒を入れた」というこの3通目の手紙は今度は読売新聞社にも届くのだが、NHK『未解決事件』はそれを、
 
   *
 
ナレーターによる手紙の読み上げ「貧しい警察官たちへ」
 
加藤「また遊んどる。おちょくりやがって」
記者D「青酸ソーダって!」
 
手紙「グリコは生意気やからわしらがゆうた通り、グリコの製品に青酸ソーダ入れた。0.05グラム入れたのを2個、名古屋・岡山の間の店へ置いた。グリコを食べて病院へ行こう。グリコを食べて墓場へ行こう。かい人21面相(おれ註:ここで初めて彼らは〈かい人21面相〉を名乗っている)」
 
加藤「こいつらマスコミがネタ欲しがってんのをわかって送りつけとんねん。それ乗っかって大騒ぎしてええんですか」
記者B「このまま載せたら犯人の思うツボや」
記者A「せやけど、読者が知りたいっていう要求かて応えるべきでしょ」
記者B「ほんまに入れたかどうかわからへんやろ」
記者A「新聞が勝手に情報隠したら、新聞やなくなりますよ。報道の自由かて!」
加藤「載せたらグリコかてダメージ大きいで!」
記者D「せやけど、ターゲットが国民になった以上なあ」
記者C「載せるしかないやろ。青酸ソーダでひとりでも死んでみい。これ知ってて隠したら大問題や!」
 
画像:NHKスペシャル『グリコ・森永』番組タイトル
 
こう描く。おれがこれを書き写しながらまず疑問に感じたのが、手紙には、
《わしらが ゆうたとおり/せいさんソーダ いれた》
とあるが、番組を見る限りでは前の2通のどこにも「菓子に毒を入れる」旨の文が見当たらないことだ。犯人達はそんなこと言ってないように思えるが、別に電話で言ったりとかしてるのか?
 
それはまだいいが、それ以上にナレーターは手紙の中の、
《死なへんけど にゅう院 する》
《10日したら 0.1グラムいれたのを 8こ 東京 ふくおか
 の あいだの 店え おく
 また10日したら 0.2グラム いれたのを 10こ 北海道
 おきなわ の あいだの 店え おく》
の部分を省いて読まないことだ。記者Aはここで、
「新聞が勝手に情報隠したら、新聞やなくなりますよ」
と言ったが、一部を省いて読まないのは情報を隠してるのと同じじゃないのか。
 
画面を止めて全文を読めば、この時点では本当に2個のお菓子に毒が入っていたとしても致死量でないことがわかる。けれどもそうしない者には、
「青酸ソーダでひとりでも死んでみい。これ知ってて隠したら大問題や!」
という描き方だから、20日後でなくこの日に既に、致死量の毒がまかれているかのように見えるだろう。
 
「それがなんだ。0.05グラムだろうと、小さな子供が食べたら死ぬかもしれないじゃないか」
 
って? 優等生はそういう理屈をつけて自分が優等生になろうとするかもしれないが、それは自分が優等生になるためにことを作り変えてるという。犯人の思うツボになると知りつつそのまま載せるだけならまだしも、読売は、
 
画像:グリコへまた挑戦状 NHKスペシャル 未解決事件File.01 グリコ・森永事件 劇場型犯罪の衝撃
 
作品名:端数報告4 作家名:島田信之