端数報告3
社長が監禁されていたのは、普段、地元の人間もほとんど出入りしない水防倉庫だった。社長は、三人の男に手足を縛られ、頭から袋を被せられていた。男達は、社長の家族の名前を挙げ、「逃げたら殺す」と脅迫していた。三日目の夜、男達は、突然姿を消した。その隙に、社長は自力で脱出した。
画像:NHKスペシャル『グリコ・森永』番組タイトル
と言う。しかし、ウィキの文ではさっき見せた通り、
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事件から3日後の3月21日14時30分ごろ、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BB%E6%A3%AE%E6%B0%B8%E4%BA%8B%E4%BB%B6
だ。この方が適切な言い方だろう。〈四日目〉と〈三日後〉はまあ同じかもしれないが。そして姿を消したのが前の晩なのだから、「その隙に」と言う割には12時間ばかり脱出をしないでいたことになる。
なのに番組はそれが午後2時なのを言わず、犯人達が眼を離したわずかな隙に脱出したかのような描き方をする。当時はむしろ一般に、犯人達が社長を解放したように見るイメージがあったと思うが、妙だ。そこで『初等ヤクザの犯罪学教室』の〈「銀行強盗」成功のための傾向と対策〉に戻るが、これには、
画像:初等ヤクザの犯罪学教室80-81ページ
画像:初等ヤクザの犯罪学教室表紙
こんなことも書かれている。兵庫県西宮市で攫った男を監禁するのが大阪府の茨木。
周到なプロの手並みだ――確かにそう見るべきじゃないのか。その者達がプロらしくないヘマをした。
攫った男の脱出を許す。その割にはその倉庫を調べてみても手がかりなし。
不可解だろう。だから当時は、社長が逃げられるようにしたうえで自分らも逃げたんだろう、と見る向きが多かったように思うな。このNHKスペシャルと違って。
そこでおれが着目するのが、事件が18日夜から21日にかけて起きてるということだ。20日夜、もしくはその深夜過ぎに男達が消えてるのだから期間的には4日間でも実質2日。48時間プラスちょい。
それが正しい監禁時間だ。そこでちょっと、
画像:事件発生翌日の新聞
この画を見てもらいたい。発生翌日の朝刊だが、ただし見るのはこの年の3月19日が月曜だったというところだ。だから江崎勝久氏が拉致された18日は日曜だったわけである。
その夜9時。淀川長治先生がテレビ朝日の〈日曜洋画劇場〉で映画の解説をしてた時刻だ。言っておくが、事件を見るのに曜日は重要なファクターだぞ。拉致はそんな時に起きた。
そして脱出は21日だが、3月の21日ってことは春分の日じゃないのか。
いや、1984年の春分の日がこの日でいいのかわからないけど、ならばそれは祝日だよな。犯人達は祝日の前の晩にそこから去ってることにならんか。
画像:水防倉庫の空撮映像
NHKの番組はその倉庫を「普段、地元の人間もほとんど出入りしない」と言って、こんな空撮映像を見せる。なるほどそんな感じに見えるが、しかしおかしい。事件の際に撮ったものなら警察や野次馬がいて良さそうだし、雑草が生えてるようすがまるでない。
画像:社長脱出の再現映像
一方でこんな画も見せ、事件当時にそこで撮ったものらしいが、こちらは雑草が青々としている。
変だろう。「普段、地元の人間もほとんど出入りしない」説明の画が欲しいのに野次馬が集まっているのじゃまずい。空撮の中から人っ子ひとりいないものを探したところ、あったのが翌年1月あたりにでも撮ったものだけだったりしてそれを見せてんじゃねえのか。
ここには普段、地元の人間もほとんど出入りしないとこの番組は言う。まあよかろう。しかし子供はどうだろうか。〈子供〉というのは〈人間〉とはある意味別の生き物じゃないか。日曜日や祝日には、ここにやって来たりする。
ということはないか? 当時は〈団塊ジュニア〉というのが小学生で、『8時だヨ!全員集合!』を見て「おいっす!」とか「志村!志村!」とか言ってた時代だ。子供は多い。そして春分の日の後には学校が春休みになる。
だから犯人らはその前に去った、というのは考えられないだろうか。この場所には子供が来るおそれがあるが、別に構わん。その子達に社長を見つけさせてもいい、という考えでいたというのは? 「逃げたらお前の子供を殺す」と脅せばすぐには逃げないだろうが、やがて空腹などに耐えかね外に出るしかなくなる。そして、それでいい。最初から21日に救けを得さす計画だった。
というのはどうだろう。だから日曜の夜に攫い、月曜と火曜日だけ監禁した。この時期より前ではこの場所は夜が寒く、これを過ぎると子供が来る危険が高い。
〈彼ら〉はそう判断した。拉致・監禁はその間のわずかな2日を選んで実行されたのだ。
っていうのはどうかしらん。おれはおもしろいと思うけど、しかし〈彼ら〉を極悪犯としてる者には気に入らない考えだろうね。読売記者隊は勝久氏の脱出・保護前に、
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加藤「誘拐されてから四日目か(だからそういう言い方すると映画『96時間』のクライマックス手前みたいだが、まだ48時間ちょいでしょ)」
記者F「社長は、もう……」
画像:NHKスペシャル『グリコ・森永』番組タイトル
と話す。再現ドラマはそれを描く。犯人達は脅迫状に、
《けいさつに しらせたら 人質を かならず 殺す》
と書いていた。この手紙を読んだときにはもう報せた後だったと言い訳は通じないに違いない。
だから殺されているだろう。身代金の受け取り場所に来なかったのはそのためじゃないか、というとこなわけだ。この時点ではそんな話をするのも当然であると言える。
そしてその後の凶悪ぶりから、犯人達はどうして社長を殺さなかったのだろう、となって、それが〈謎ばかりの事件の始まり〉の謎のひとつとなってるわけだ。【実は凶悪犯でなかった】とすれば、謎は全部消えるんだがね。
しかしミスグリ加藤とその同類の人間達は、決してその見方をしない。グリ森事件の犯人どもは平気で子供を何百・何千人でも殺せる人でなしでなきゃならないのだ。
おれはその見方を取らない。実はこのときはイタズラで、48時間で解放するのが計画通りだったと見る。そしてこれなら〈謎ばかり〉とされる事件の始まりについての謎を〈アレキサンダー王のゴルディオンの結び目〉のごとく、すべてきれいにほどけると思うのだけど、どんなもんだろうかね。
あなたはこう言うかもしれない。
「いや、だからって、グリコのネオン看板を○○にして○○にするのが目的の犯行なんて」