青い絆創膏(前編)
「ひゃー!楽しかったー!」
「僕も!」
私達はシスピのライブがあったホールから帰る人達の波の中で、だらだらと駅までの道を歩いた。周りにはちらちらと夜の楽しそうな灯りがあったけど、私はさっきのシスピのステージのことしかまだ頭になくて、足が浮いているんじゃないかというくらい幸せだった。
「ねえ、そういえば内田君は誰担?」
「え~、そうだなあ~」
「誰誰!?」
ちょっと内田君に体を寄せてみると、彼はそれをくすぐったそうに笑っていた。
「全員かな。だってみんな一緒に頑張ってるんだし」
「あーその気持ちもわかる~!私も全員好きだけど、中でもルイちゃん推しかなあ~!」
私は、自分の声が大きくなってしまうのにも構っていられず、ここぞとばかりにシスピの話をしようと思っていた。
「ダンスすごい上手いよね、ルイは」
「そう!それにさ、チルが落ち込んでた時にわざわざバナナの皮用意してすべって転んで見せたってエピソードでやられた~!」
両手で胸を押さえて、心臓を射抜かれたような恰好をして見せる。この話は、私が毎晩チェックしていた、シスピのメンバーのSNSアカウントから得た情報だ。
「思いやり深いよね~、それはわかる」
私達は散々“Sister“P””について話をして駅までを歩いた。たかやす君は駅の掲示板で、私とは反対方向の路線を指して、「実は僕の家、こっちだから」と言った。なので、その場でお別れを言うことになった。
「今晩は本当に、ありがとう。また学校でね!」
「うん。ほら、もう電車来るよ」
「はーい、じゃあおやすみなさい!」
「うん、おやすみ」
昇りエスカレーターの前で一度だけ振り返ると、たかやす君はこちらに向かってにこにこと微笑んでいた。
家に帰る道々、私の頭は冷静になっていき、その分緊張と不安が高まっていった。時間はもう二十三時を超えていた。
“どうしよう…。お母さん心配性だし、捜索願いとか出しててもおかしくないかも…!”
そう思って息が詰まって、“謝っても許してもらえないかも”とさえ思った。
逃げてしまいたいくらい怖いのに、マンションの三階にある扉まで歩く足は、なるべく早くと、どんどん焦った。そして、ゆっくりと鍵穴に鍵を差し入れ、カチャリと回す。
そろりそろりと中に入って、“どうしよう、どうしよう”と考えが決まらないままで、私が靴を脱ごうとしていた時だ。奥からドダダダッという音がしてお母さんが現れ、「凛!」と叫んで私に飛びついてきた。
「凛!こんな夜中までどこに行ってたの!?」
私は、その時、「とんでもないことをした」と初めて知った。
こんなに心配しているお母さんに向かって、私は今から、「ライブに行ってたの」と言わなければいけないのだ。そんなことってあるだろうか。
“どうして前もって言っておかなかったんだろう。”とは思ったけど、こんなふうになってしまうお母さんがそれを許してくれるかはわからない。
“だからって、黙ってこんな時間まで出かけているべきじゃなかった。ちゃんと謝ろう。”
私は一つ、深く息を吸った。体中がピリピリと震えるほど緊張した。
「ライブに…行ってたの。友達と…」
「ライブ!?」
お母さんはびっくりして叫んだ。私に呆れてしまったのかもしれない。
「そう…ごめんなさい、黙ってこんなことして…」
そこでお母さんは力が抜けたのか、私の肩に腕をもたせて、ぐたっと前屈みになる。
「もう…お願いだからびっくりさせないでちょうだい…」
「はい…ごめんなさい…」
それからはっとしたようにお母さんが顔を上げたと思ったら、今度は私の体のあちこちを確かめ始めた。
「怪我は?ないのね?ただライブに行っただけね?」
おろおろといつまでも落ち着かず、今でも私が危ない目に遭っているかのような顔をしているお母さんに、心から申し訳ないと思った。だから私は泣いてしまった。
「ごめんなさい…!大丈夫…無事だから…!なんともない…!」
私が震えながらこぶしを握り締め、うつむいてぼろぼろと涙をこぼす。
お母さんはそれから、「そんなに泣かないの。良かったわ。じゃあ早くごはんにしましょう」と少し落ち着いてくれて、私のごはんを温め直してくれた。