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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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青い絆創膏(前編)

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話は今に戻って、私は学校終わりにスマートフォンに届いた通知で、とんでもないことを知った。


「Sister“P”の公演が決定!全国47都道府県ツアー!」


「きゃっ!?」

私はスマートフォンの画面に映ったその通知の文字を見て叫び声を上げ、それからすぐに家に走って帰った。

帰宅した私は、制服を脱ぐのも忘れて自室に引きこもり、チケットサイトを何軒もめぐって、自分の県で開催される二日間の間の“シスピ”のチケットが残っていないか、死に物狂いで探し回った。そしてやっと、抽選でチケットが手に入れられそうなサイトで、申し込みをした。





それから一週間が経ち、申し込んだチケットの抽選日がやってきた。その日の私は落ち着きがなくて、昼も珍しく学校の屋上に行かずに、クラスで自分の席に座って、ずっとスマートフォンをいじっていた。いつ“シスピ”のチケットの結果が来てもいいように。

“ああ~当たっててください!神様仏様お願いします!こんなに毎日辛いんだから、そのくらいいいでしょ~!!”

私はそんな理屈の通らないお願いを、行き当たりばったりに手当たり次第祈って待っていた。


結果がメールで送られてきたのは、学校から帰宅して十分くらいしてからだった。スマートフォンが短く三回震えて、メールが届いたことを知らせる。私はベッドからがばと起き上がった。そして掴み取ったスマートフォンの電源を入れ、怯えながら、期待しながら、メールボックスのアイコンをタップした。一番上には、新着メールのタイトルが「マイライブからチケットの抽選結果のお知らせです」と書いてある。

“どうしよ~、外れてたらそれこそ生きてけないよ…!”

そう思って、“お願いします!”と祈りながら、メール画面をタップして、おそるおそるスクロールした。そこにあったのは。


「残念ながら、チケットのご用意が出来ませんでした。」


それ以外の文字なんか全部目に入らなくなって、私はそのまま体から力が抜けて、ベッドに仰向けにどさっと横になった。なにこれ。


“なんでよ。…ちょっとくらいご褒美くれたっていいじゃん。神様のケチ”


「凛、ごはんよー」

「今行くー」






その翌日、私は学校なんか行きたくなかった。お母さんが「早く行きなさい」と送り出すから登校はしたけど、授業になんか出たくなかった。だから、いつものあの場所へ。長い階段の最後にある扉を引っ張り上げて、天空の庭に登った。

「あれ…?」

そこには、この間と同じ男子生徒が立っていた。今度はこちらを向いて、彼は扉の真正面のフェンスにもたれていた。まるで誰かを待っていたように。

「よく会うね」

彼の声を聴くのは二回目だけど、私はその時、初めてその違和感に気づいた。なんだか、彼の声は雲の向こうから聴こえるような、世間から離れたような調子だった。“どこから声が出てるんだろう”と思うような、少しふわふわした声。

「そうですね」

そう言って私は彼に近づいてはいったけど、やっぱりこう聞いた。

「授業はもう始まってますけど?」

私がそう言うと、彼は下を向いて「ふふふ」と笑ってから、「君も、行かなくていいの?教室」と返してきた。

「ここにいたい気分なの」

「そうか、じゃあそうするといいよ」

なんにも事情なんか知らないのに、彼は私を責めなかった。でもその口調もやっぱり、どこかふわっとして、あまり感情の感じられない音色だった。



それから私は、少し間を空けて彼の隣に座る。膝をたたんで制服のスカートに顎を乗せていると、不意に彼がこんなことを言った。

「今度、ライブに行くんだ。でも、チケットが一枚あまっちゃった。だから、一緒に行かない?」

私が左を見ると、私と同じく行儀よく体育座りをした彼もこちらを見ていた。でも、デートに誘っているようなふうには見えない。私達はそんな間柄じゃないし。“どういうことだろう”と思って、私は聞き返した。

「なんのライブ…?」

ちょっと彼の顔色を窺って遠慮がちになった私の声が、その時、屋上を撫でていく風にかき消されそうになった。でも、彼は相変わらずぶかぶかしているブレザーのポケットから、チケットらしきものを二枚取り出して、私に見せた。

そこには、「4月23日(水) Sister“P” キングシティーホール F列4番」とあった。私はそれを見て、思わずチケットを手でぐいと引き寄せてしまった。もう一枚のチケットはG列4番だった。ちょうど隣だ。

「うっそマジ!?え、これ…シスピの…行きたかったやつ!」

彼はおもしろそうに笑っていて、チケットをポケットにしまい直してから、笑い過ぎて目に滲んだ涙を片手で拭った。私はとにかく驚いてしまって、「えー!」とか、「どうしよう!」などと叫んでいた。

やっと私が落ち着いてきた頃、彼は「よかった、好きなんだね」と落ち着いて言った。

「うん!好き!大ファンだもん!あ、ファンクラブは会費が高くて入れてないけど、ファン!一応!」

「ファン心理って複雑だよね」

彼はそう言ってまた笑った。

「じゃあ、再来週の水曜日、校門で待ち合わせよう。学校のすぐあとで行かないと。ちょっと電車に乗るし」

「うん!ありがとうございます!」

私はそう言ってあらかじめ頭を下げて、彼を見つめた。すると彼はまだおもしろそうに笑っていた。くすぐったそうなその笑いの後で、彼はこう言う。

「ところで、君の名前は?」

“あっ!”と私はそれに気づいて、慌ててまた頭を下げる。

「ごめんなさい!名乗る前に、チケットもらおうとなんて…」

「いいよ。で?なんていうの?」

“チケットをいきなりポンとくれる”なんていう、私にとっては大恩人を前にして名前を聞かれたものだから、私は肩を縮めてうつむいて、上手く喋れなくなってしまった。

「えっと…跡見、凛、です…」

「“凛とした”、の、凛?」

漢字を確認するためとはいえ、不意に呼び捨てにされて私はちょっとドキッとしてしまって、「あ、はい…」と、おどおどとした返事しかできなかった。

「そっか。僕は内田たかやす。漢字は説明しづらいからいいよ」

「は、はい!よろしくお願いします!」

私が思わずしゃっちょこばって答えると、彼は片手を振って、「堅苦しいのはいいよ」と笑った。“よく笑う人だなあ”と思っていたけど、私はそこで、大事なことを忘れていたのに気付いて、「あっ!」と叫んだ。

それで思わずたかやす君のブレザーに飛びつきかけたけど、直前でその近すぎる距離に気づいてちょっと思い止まり、なんとかこう言った。

「チケット代!ちゃんと払うから!」

「いいって。だいじょーぶ。これも実は貰い物なんだ」

「え、そうなの…?でも…」

「いいよ、貰い物なのにお金取ったら変でしょ」

「そ、そうだね…」

私達は「えへへ」と笑い合って、この間知り合ったばかりなのにライブに行く約束をした。でも、私には気になることがあったので、そこでちょっと考え込んでうつむく。

“ライブから…九時までになんて帰ってこれないよね…”

“でも、行きたいな…”
作品名:青い絆創膏(前編) 作家名:桐生甘太郎