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加害者のない事件

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 しかし、裏を取るのも警察の仕事、何をやって何をやってないかを白日の下に明らかにし、罪状を検察に報告し、そこから起訴することで、やっと裁判となる。それまでの警察での取り調べが重要であることは、皆周知のとおりであろう。
「それで落ち合って、どうしたんです?」
「彼は言ったんです。私に安川さんと別れてくれって」
 と言って、瑞穂は唇を噛んだ。
 それは、屈辱感からの行動で、彼女にしてみれば、余計なお世話に思えたに違いない。
「それはひどいですね。わけもなくですか?」
「それで私は聞いたんです。その理由をですね」
「何と答えました?」
「彼は黙ってしまって、何も言いませんでした。顔が真っ赤になっていて、唇を噛みしめているかのようでした。その様子はまるで、好きな女の子を他の男に取られて、返してくれと言わんばかりの勢いでした。確かにあの二人は親友だったかも知れませんが、私としては、深溝さんにそんなことを言われる謂れはないと思いました」
「あなたにしてみれば、そうでしょうね」
 と口では言ったが、門倉刑事は別のことを感じていた。
 安川は、気の弱い男で、彼女に対して持て余している部分があっても、決して彼女を前にしては言えなかった。しかし、親友である深溝には言えたのだとすれば、深溝が友達のためにひと肌脱ごうと思ったとしても、それは無理もないことだ。言われた方は、『どうしてあなたなんかに言われなければいけないの?』と思うだろうが、そうなってしまうと、ぎくでゃくしてしまった人間関係を元に戻すのは難しいだろう。
 そうなると、何か起爆剤になるようなことをするしかない。もっとも安易な方法を選んでしまったとすれば、理解できないわけでもない。ただ、これは唐突な事件ではなく、計画された事件に見える。そうなると、計画していたわりには、あまりにもずさんな犯行ではないだろうか。
「睡眠薬を飲ませておいて、首を絞める」
 確実を狙ったのかも知れないが。それにしてはリスクが大きい気がする。
 睡眠薬を使ったということは、
「力のない女性でも、犯行は可能だ」
 ということを、示しているようなものだ。
 それに睡眠薬が実際に効いていなかったらどうするつもりだったのだろう?
 しかも完全に犯行が成功していればまだしも、肝心の被害者は死んでいないのだ。そう思えばずさんだったと言われても仕方がないだろう。
「待てよ」
 と門倉刑事は考えた。
 彼が生き残ったことが分かっているから、いずれ捜査の手が自分に伸びてその時に妻〇よりも、自首という形で名乗り出れば、罪が軽くなると思ったのだろうか。
 相手を殺すことができなかったのは不本意だが、苦しめることはできた。死んでいないのだから、自首さえしてしまえば、いい弁護士に掛かれば、殺意さえハッキリとさせなければ、執行猶予に持ち込めると考えたか、あるいは、うまく行けば不起訴になるかも知れないという計算もあったのかも知れない。
「ところで、睡眠薬など、どうして使ったんだね?」
 と門倉刑事が聞くと、
「睡眠薬?」
 と、今度は瑞穂がキョトンとした。
「私、使ってなんかいません」
 とキッパリと言った。
 正直に自首してきているのだから、いまさらこの段階でウソを言うわけもなく、それを聞いた門倉刑事は不思議に思った。
「睡眠薬を使ってないって? じゃあ、誰が?」
「深溝さんが自分で服用したんじゃないんですか?」
 と、思わず言ってしまった瑞穂だったが、瑞穂にもそれがおかしいということが分かったみたいだ。瑞穂は門倉刑事が何も言わなかったので話を続けた。門倉刑事とすれば、自分で何かを考えていたようだ。
「そうですよね、あの人は私を呼び出したんだから、呼び出した本人が最初から睡眠薬を服用しているなどということはありえませんよね」
 まさしく門倉刑事と同じ発想だった。
 では、あの場に誰か他の人がいたということであろうか?
 いや、それはなかったと瑞穂は感じていた。それは門倉刑事も感じていることで、もし瑞穂の他に誰かいたのであれば、瑞穂が深溝を殺そうとしている場面に遭遇すれば、深溝を助けようとするか、自分はさっさとその場から立ち去ろうとするかのどちらかではないかと思った。その場でグズグズしていては、誰かに見られたりして、自分がやってもいない殺人の罪を被らされでもしたら大変だと思うからだった。
 少なくとも、そんな修羅場に遭遇すれば、まったく関係のない人間であれば、ずぐに立ち去りたいと思うだろう。ただ、どうして睡眠薬などを呑ませようと思ったのか甚だ疑問は残るであるが。
「そういえば、首を絞めた時、最初はすごい抵抗があったんですが、途中から抵抗が弱かった気がしたんです。それだけ彼の首が締まってきたのかと思いましたけど、睡眠薬が効いていたんですね」
「そういうことでしょうね。今のあなたの話を聞いて分かりました。彼がどうして死ななかったのかということです。あなたは睡眠薬で意識が朦朧としてきたのを見て、自分が絞殺したと思ったんですよね。でも実際にはそこまで強く首を絞めなかった。きっと死んだと思い込んだんでしょう」
 と門倉刑事は分析した。
 なるほど、そう考えれば、彼が死ななかった理由も分かる。
 人を絞め殺すなんて、そんなに何度もすることではない。普通なら絶対にしてはいけないことだ。だからどの程度の力で絞めれば人は死ぬなどということは分からない、きっと被害者の反応でしか判断できないであろう。そう思うと、身体が痙攣して動かなくなった時点で死んだと思っても不思議はない。確かに最初は抵抗していたのだから、誰だってそう思うだろう。首を絞めたことで睡眠薬が早くまわり、身体が痙攣し始めたのかも知れないし、とにかく彼女の中で相手は絶命したように思えたのだろう。何しろ女のか弱い力なので、それも考えられる。さすがに昔言われていたように、土壇場で力を出す「火事場のクソ力」などというものも考えにくいからだ。
 そう考えると、睡眠薬を誰が彼に飲ませたのかという問題も新たに浮上してくる。自首してきた彼女が、
「女性の自分でも楽に殺せるように」
 ということで使ったのだとすれば、実に簡単なことだった。
 しかし、そうではないというのであれば、捜査の基準は根本から変わってくるような気がした。彼女が自首してくる前は睡眠薬と絞殺は別々だと思っていたが、彼女の自首が、自然とこの二つを結び付けた。そのつもりで話をしていたのだが、それが違っていたのだ。根本から変わってきたことで、この事件がここだけでは解決できないということを示しているようで、
――これは少し厄介かもな?
 と門倉刑事は感じた。
 少なくとも被害者の回復を待って、事情聴取ができればいいのだが、果たして彼が犯人を見ているかどうか、それも問題だった。検案報告によると、
「被害者は、後ろから紐状のもので絞められていて……」
 と書かれていた。
 後ろを振り向くだけの余裕があったかどうかも分からない。何しろ睡眠薬を飲んでいたのだからである。
 もう一つの疑問は、
「被害者は睡眠薬が効いている間に首を絞められたのだろうか?」
作品名:加害者のない事件 作家名:森本晃次